奇跡と偶然を願う心
―アマータ 街 夕方―
私が、ボスの望むイレギュラーを起こし、自然と愛される彼のようになれたなら――違う未来もあったのかもしれない。けれど、私はこの世界の中に納まるだけの平凡なカラス。羨ましいけれど、その分の苦しみが伴うことも知っている。
こんなことで揺らぐ私のような心の持ち主では、到底背負うことの出来ない期待だった。心の筋力が足りなかった。だからこそ、彼女に決断を委ねる形になってしまったのだ。
「なんで!? なんでだよ、見捨てるって!? この白状者! なんで、なんでこんな時に限って誰もいねぇし、こねぇんだよ!」
「これ以上、アマータを悩ませるな! ここでこちらがうじうじと悩んでいたら、可能性もなくなるだろう!」
「可能性……?」
「そうか……そうね! 私達じゃ戦力にならないし、むしろ足手まといになっちゃう。だから、ここからいなくなってアマータが私達を気にせず動けるようになる!」
「あぁ、重荷がなくなれば自然とな。だから、信じて待つんだ。アマータを」
(信じて待つだなんて、そんな……)
私達以外に人の姿がないのも、家族団らんの場にこの化け物が落ちてきたことも――全ては私の願いを叶える為だ。滞りも妨害もなく、進めることが目的だから。
(この化け物は、きっと私が死ぬまで倒れることはないでしょう。何度だって蘇る。奇跡を起こす隙を与えないくらい。それが、私の望んだこと。何もかも私が悪いのよ。罪人だわ、無関係の人を巻き込んでまでこんなこと……)
「じゃあ、アマータ……私達は役立ちそうな人を呼んでくる。だから、絶対! 絶対、頑張ってよ! 約束だから!」
「え、えぇ……」
「行くぞ」
「馬鹿アマータ! かっこつけてんじゃねぇぞ! 後でお仕置きだ、馬鹿-!」
(お仕置き……お尻ぺんぺんかしら?)
三つの足音が遠くに消えてくのが分かる。もう会えない。約束は果たせない。寂しい、苦しい。
「ごめんね……」
これから先は、彼女達だけでも十分に幸せに暮らしていける。そこに、私はいらない。短い間だったけど、夢のようなひとときだった。未練を抱いてしまうくらいに。
「ううう……あァァァ!」
化け物の叫び声が響く。苦しみを訴えるような声色。抱える不快感を、私に向ける気に満ちていた。体勢も整え終えていたようで、モニカ達を逃がせていて良かったと思った。これで、後は――。
「貴方も苦しいのね。私も同じよ。こんな気持ちになるくらいなら、あんなこと願わなければ良かった。お互い、苦しみながら――死にましょう」
(でも……もしも……)
無理だと分かっているのに。私の足は、その化け物を討つ為に走り出していた。出来たとしても、相打ちで終わればいい方だ。奇跡も偶然もない。そんな力は、私にはない。
「うらぁぁあぁっ!?」
あるのは、誰かが起こす力がこの場で輝くのを願う愚かな心だけだ。




