星になった
―学校 夕方―
浮遊の魔法を教えてやれ、そう言われても困る。僕自身、浮遊の魔法を教えて貰ったことがない。教えて貰ったことがないから、教え方が分からない。使おうと思ったら使えていたし、どのようにしたら魔法が使えるのかとか考えたこともなかったのだ。
「浮遊の……それが、リアムの課題?」
「そうなんだよ、タミ! 俺、皆みたいに飛べないし、物を浮かせることが出来ないんだ! どうして、あんなにあっさり空を飛べるの? どうして、物が簡単に浮くの? 重力はどこ!?」
「……教授、教えろって言ったって、どうやって教えればいいんですか。教授の方が教えるのは上手いはずなのに、どうして僕が教えないといけないんですか?」
「だ~か~ら、言ったじゃねぇか。親しい人に教えて貰った方が分かりやすいって。気兼ねもないし」
「そうですかねぇ……」
あまり信用ならない。教え方を知っている人に教えて貰った方が、間違いなく頭に入ってくるだろう。今は理解出来なくても、適切な方法で学ぶ方が将来的にいい。僕のやんわりとした自己解釈の教え方では、使えるようになったとしても無駄に魔力を消費する羽目になるかもしれないというのに。
「俺がしっかりと見ててやるから、万が一のことがあっても安心だ! さぁ、タミ。やれ!」
ジェシー教授は、勢い良く僕に右の人差し指を向ける。差された瞬間、指で貫かれるのではないかと思ってしまった。
「はぁ、分かりましたよ。じゃあ、リアム。まずは、見て欲しい」
僕は、浮遊の魔法を使った。すると、足は地面から離れて文字通り僕は宙に浮いた。宙に浮いたと言葉で言うのは簡単だ、だがこれを説明するのが難しい。
「浮いた!」
リアムは、少年のように目を輝かせる。
「これは……こう……何て言うのか。まず、頭の中で自分の体が軽くなるのをイメージをしたらいいのかなぁ」
僕自身、そんなイメージはしたことがないが、体の感覚に問いかけなければいけないのだ。多分、リアムにも分かるような体の感覚を出した方がいい。
「フムフム……体が軽く! ムムム……!」
リアムは目を瞑り、深呼吸でもするように腕を広げて体を仰け反らせる。それで軽さを感じているのなら問題はないが、顔はかなり険しい。僕から見ると、力が余計入っているように感じるのだが。
「リアム? 凄い険しい顔をしてるけど、体は軽いかい?」
「……駄目だよ、タミ。全然体が軽くならない!」
「余計なことは何もしなくていいんだよ。体の力を抜くんだ。直立不動でいい。それで、体が倒れそうになるくらい力を抜けばいいんだ。まずはそこからだよ」
僕がそう言うと、リアムは目を開けて深呼吸の体勢から直立不動の体勢を取った。
「分かったよ、タミ!」
「……どう?」
「ねぇ、俺が倒れてもタミや教授が助けてくれるんだよね?」
リアムは、少し不安そうな表情で僕らを見た。
「実際に倒れるほどじゃないんだけど……これはあくまでイメージの話で――」
「当たり前だ!」
しばらく静かだった教授が、突然口を開く。あまりに大きな声だったので僕は驚いたが、リアムはそれを聞いて安堵の表情を浮かべた。
「よーし、力を抜く……」
リアムは穏やかな表情で、その場に立ち続ける。
「どう?」
「タミ……あぁ、凄くいい感じだよ。今にも飛んでいけそうなくらい……」
よく分からないが、力を抜けるスイッチが入ったらしい。直立不動であった体が、フラフラと揺れ始めている。
「そ、そうかい。じゃあ、次は自分の体が宙に浮くのをイメージするんだ」
これは、たまに僕もやる。イメージすれば、その自分の飛びたい高さまで上がることが出来るから正確率が上がる。無駄に高さの調節をしなくてもいいので、魔力の消費も最小限で済む。
浮遊の魔法は継続して使い続けることが多い。簡単であるとはいえ、魔力消費は尋常ではない。だから、箒などがあるのだが……道具を使いこなすのも難しい。だから、どれだけこの魔法を使いこなせるかが鍵だ。
「あぁ! 分かったよ!」
「すげぇな、タミ。俺がやったらこうはいかなかったぞ。授業中だと、一人に付きっきりもアレだしな。それに、どうしても難しい言い回しをしてしまってな……天才が故に。誰にでも分かる感覚に呼びかけるって発想がなかったんだよなぁ。頭が固い大人の証拠ってな……フッ」
「凄いですよ、教授! 今まで出来なかったのが嘘みたいです。何故でしょう、魔力が沸々と湧き上がってくるような……」
「さあ、飛び上がれ! リアム!」
「はい! 飛び上がります!」
「でも、イメージする高さとか勢いはほどほどに――」
「うわあぁぁぁぁぁっ!」
僕が言い切るその前に、リアムは星になった。




