服を脱ぎ棄て
―アマータ 街 夕方―
「――危ないっ!」
「きゃあっ!?」
「うあ!?」
「っ!」
何の前触れもなく、上空から降り注いだ禍々しい物体。私は、咄嗟に子供とモニカらを後ろに押しやった。モニカの足のことがよぎったが、命には代えられないと力強く押した。
「何だ、どうした!? 何があった!?」
「近付かないで! 危険だわ!」
モニカが、近付いて来ようとしているのが分かった。そんな手負いの状態では、いや万全の状態だったとしてもきっと駄目だ。これには勝てない。
「ア……あ゛あ゛あ゛っ! うぅうぅう!」
何故なら、目の前にいるのは化け物だから。うめき声を上げ、ヘドロ状の体を動かす。その度に、びちゃびちゃという音が響く。
「うぇっ! 何か臭いよ! オレ、なんか吐き気してきたかも」
「ちょっとやめてよ! 鼻塞ぎなさい!」
ドブのような臭いがした。鼻につく、本能的に嫌悪を覚える臭い。
「ふぇぇええ~ん! んぎゃあぁああぁっ!」
それに反応し、赤ん坊が泣き始めた。折角、気持ち良さそうに眠っていたのに。それだけでも最悪だったのだが、嫌なことは続くものだ。化け物が、こちらの存在に気が付いてしまった。そして、その顔を私の後ろへと向けた。
(まずい! こんな得体の知れないものを刺激してしまったら……殺されてしまう!)
化け物は、何度も見たことがある。存在する種族に何かしらの術式等を加え、跡形もなく改造する。でも、このタイプは見たことがない。
今更新種が出てくるとしたら、恐らくボスの差し金。彼の使う術式には、必ず人に危害を加えるコードが組み込まれている。血肉を食らわせ、更なる進化を促す為だ。宝生 巽という存在が現れてから、彼の執着はより強いものとなった。今回とて、例外はないだろう。
(どうして、こんな物が今ここに――)
『君の願いは何?』
『願い?』
『どうたらこうたらしたいって感じのさ。どんなのでもいいんだよ。非現実的なものでも構わない。自分なら、その願いを叶えてあげられる。自分そのものが、非現実的だしね。不可能なんてないんだ。君は、ここまで上り詰めたのだから』
『私は……家族が欲しい。本で見たわ、家族というものを。どうしてかは分からないけど、心が求めてるの。家族の為に生きて、家族の為に死にたいの。どうしても……』
(あぁ、そうだわ。私が言ったんだわ。家族の為にと。そうね、もう家族の為に生きたし……後は死ぬだけよね。よりにもよって、こんな時に……もう私の番なのね)
過去の言動を思い出し、自責の念に駆られる。その願いは不変であるが、平穏に生きようとする彼女を巻き込むことになるのは不本意だった。
(これが、あの人からの最後の……なら、私もそれに応えるだけ!)
私は上の服を脱ぎ棄て、覚悟を決めた。




