暗殺者
―バランサ カフェ 夜中―
「――痛かったですよ、もう。急に殴るなんて酷いですよ。顎の骨とかが砕けちゃったじゃないですか」
ヴィンスは、美味しそうに甘ったるいパンケーキを頬張りながら言う。
「医術で治ったんだから文句言うなよ」
「まったく……技巧派の私とパワー派の貴方では相性が悪いから、たまに反応が遅れちゃうんですよ。勘弁して下さいよ。こんなんじゃ、どれだけ命があっても足りませんよ」
「てめぇの勝手な感性で、オレを分類してんじゃねぇ。つか、本当にここならあの不気味男の監視はねぇんだろうなァ? 適当こいて、このオレを騙したとかだったらァ……その顔面ぶっ潰すぞ」
あの後、現場の処理はヴィンスの下っ端に任せ、オレらはヴィンスのカフェに移動した。そこは、どぎつくて甘い臭いが充満していた。頭がおかしくなりそうだった。それだけでストレスなのに、あの奇妙な技を中々教えようともせず、淡々と料理が運ばれてくる。
「も~そんなことしませんよ。堅苦しい感じになるのが嫌なので、食事でもしながらって思ったんです。ほらほら、食べないと! 私が食べちゃいますよ」
きらりと目を光らせて、オレの真下に置かれているパフェにフォークを近付ける。
「食うんじゃねぇ! これはオレんだよ」
ヴィンスの手を払いのけ、パフェを死守する。オレの所に運ばれてきた訳だから、オレが食わないと意味がない。
「食べるんですね? では、どうぞどうぞ。絶品ですよ。私の部下の作る料理は。ここだけでしか食べられないのが残念で残念で……」
「ちっ、食うから、さっさと教えろっうの」
イライラも全てを飲み込んでやるという気合で、パフェの頂点に乗っていた苺にフォークを突き立てる。そして、口へと放り込んだ。そのとろけるような美味しさに、手がとまらなくなる。
(くっそ甘くて……くっそうめぇじゃねぇかァ? 腹が立つぜ、全部食ってやるわァ!)
「フフフ……食べたいだけ食べて下さい。好きなだけ。どんどん体に入れ込んで下さい。それでは、大変長らくお待たせ致しました。本題に入りましょう」
ヴィンスは手をとめて、じっとオレの様子を見つめる。
「はむはむ、おう……簡潔に頼むぞ。長ったらしく、くどくど話すなよ。あれが何で、どうすれば使えるようになるのか教えろ」
「えぇ、えぇ……勿論ですよ。私が使ったのは、演舞剣術というものです。まぁ、本来は刀を用いるものですので、それを実現する為に私なりにアレンジしていますが。また、ナイフですので対象範囲も狭くなります」
「で? そのなんたらかんたらはァ、どういう原理なんだよ」
「それはですねぇ……これを言葉で簡潔にとなると、少々難しいですね。伝わるでしょうか……えっとですね、微量の魔力と独特な構えを上手く組み合わせることで幻術をかける。そうすることで、対象者は死に対する苦痛を感じることなく、それはもう安らかに死……」
突如、体に痛みがほとばしり、視界に歪みが生じる。力が抜け、手からフォークが滑り落ちる。喉が焼けるような感覚にも襲われ、血の味もあった。胸が痛くて、張り裂けそうだ。
「な……に……?」
「フフフフ! 即効性の毒ですよ、大丈夫。死ぬのは貴方の心だけですから」
「ふざけ……ぐはっ!?」
口から血が溢れた。それが、とまらない。目からも出ているのか、視界が赤く染まって痛い。
「お忘れですか? 私は暗殺者。命を狙う者。組織に盾突く者を排除することが役割。それに、例外はありません」
ぐにゃりと歪んだ笑顔だけが、しっかりと確認出来る。
「な……協力……したじゃァねぇかァ……」
「今までの無礼が掻き消えるほどじゃないですし? もう役割ないですし? 今の貴方には、何もね。ボスが求めているのは、貴方の肉体だけ。心が邪魔なんですよ。料理に混ぜていた毒なら、それが可能なんです。まぁ、いずれ肉体も死ぬんですけどね。この毒は、少々臭いもきつくて……私の機転が功を奏しましたね!」
(まさか……ファートゥムの裏切りまで想定して、オレを……!?)
腹が立つ。けれど、もうそれを訴える声はオレにはなかった。
「一対一では、正直相性悪いし真正面から戦うのはちょっと自信がなかったので、このような小細工させて頂きましたよ~。それでは、お休みなさい……永遠に」




