内緒話
―バランサ 森 夜中―
ヴィンスの操る二つのナイフは、まるで踊っているみたいだった。その動きは、オレを惹きつけた。イカれた男の繰り出す技なのに、美しいと感じてしまった。
そして、妙なことに死に怯えていたはずのファートゥムは、まるでそれを望むように自ら手を伸ばし、穏やかな表情で散っていった。
(なんなんだァ? あれはァ。あいつに教えて貰った貰ったとかいう方法のせいかァ? そのせいで、このオレまで妙な気分になってやがんのかァ? ずるいよなァ、そんなの。平等じゃねぇよなァ)
オレが知らないことで、ヴィンスがいい気になるなんて許せない。認められるはずがなかった。
「おい、なんだァ? それはよ。教えろよ」
腹が立って、オレは恍惚とした表情で遺体を愛でるヴィンスに詰め寄った。すると、彼はそれを待ち望んでいたかのように笑顔を浮かべた。
「えぇ! そう言うと思っていました! 思っていましたとも! これを秘技にするつもりはありません」
「なんか、そう言われるとうぜぇなァ……」
あいつみたいで腹が立つ。自分、分かってましたけど? みたいな感じが、癪に障る。
(あいつが教えたって言ってたし、その時に吹き込んだんだろうなぁ。不快だぜ)
預言者なんていてはいけない。未来を見れる存在なんていらない。オレが出来ないことを、他人がやるなんて許せない。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。私は、別に喧嘩を売ってる訳じゃないんですよ。ただ親切心で……嫌ですか?」
返り血に染まった奴が言うセリフには、とても思えない。申し訳なさそうな顔をされても、響いてこない。
「まァいいよ。それを教えてくれんならなァ」
「わぁ……良かったです! じゃあじゃあ行きましょう!」
そう言って、嬉しそうに立ち上がる。
「いや、どこに? ここで教えろ。今すぐ教えろ。待ってらんねぇんだよ。てめぇの為なんかに待ちたくねぇんだよ」
「でも、ここには目と耳がありますから……どうか、お願いします。ねっ? ねっ?」
「目と耳ぃ? 何言ってんだよ」
「あれれ? 知りませんか?」
困ったように笑いながら、ヴィンスはオレに耳打ちをする。血生臭くて、思わず鼻をつまんだ。
「私達は毎日監視されているんですよ。一挙手一投足、エトワールにね」
「はァ?」
「ほら、あの木の葉の陰を見て下さいよ。小さいですけど」
不信感を抱きながらも、とりあえず指差す方へ顔を向けてみた。すると、その言葉通り小さなエトワールの姿があった。目を凝らさなければ気付かないし、見えない。まさか、こんなのがいただなんて。
「いつからだァ……?」
「結構前からですよ、ってこんな話も聞かれてますし、見られてるんです」
「じゃあ、なんでわざわざ耳打ちしてくんだよ、臭ぇんだよ」
魔法を使い、触れないように引き離す。
「おっとっと。雰囲気作りです。何となくって奴ですかね。で、どうします? ここで教えたら、エトワールまでも知っちゃいますよ」
「チッ、むかつくけど……今回は折れてやる。じゃあ、さっさと――」
「内緒、ですよ」
さっき引き剥がしたはずなのに、音もなくヴィンスは迫り、その血にまみれた人差し指をオレの唇に押し付けた。
「あァあァァァ!? やめろっううの! 汚れるだろうがァ!?」
オレは、反射的にヴィンスの頬を引っ叩いた。




