家族の温もり
―ファートゥム 山 夜中―
これは、逃げられない――そう確信した。ヴィンスは、暗殺活動を主とする。つまり、気付かれずに動く立ち回りや俊敏さ、確実に仕留める暗殺技術がある。
それに引き換え、私は戦闘要員でもなければ特殊なスキルを必要とされる仕事は一切したことがない。経験と実力の差は歴然。ならばと、翼を丸めて私ごと包み込んでそれを固くする。そのすぐ後に、金属音が響いた。
(危なかったです……本当に危なかったです。数秒でも遅れていたら、私は死んでいました!)
「あらら、惜しかったですねぇ」
「何してんだよ、雑魚。それでも、殺人狂かよ」
「外野は黙ってて下さいね。後で、いくらでもお喋りさせてあげますから。う~ん、どうしましょう。どうしましょうかねぇ。でも、やるしかありませんよね」
直後、ナイフで突き立てる衝撃と音が響いた。耳鳴りのするような鋭い音だった。しかし、それもすぐに終わった。
「固いですねぇ、これはしょうがない。ですが、私……気が付いてしまいました」
そんな呟きが聞こえた。勝利を確信し、嬉々とする声だった。
「……え?」
刹那、背中に鈍い痛みが走った。皮ごと剥がれるようなそんな感覚と共に。力がふっと抜けて、その場に崩れ落ちた。黒かった視界に、他の色が映る。
(背中が……軽い?)
「う~ん、甘いですねぇ。そこら辺のスイーツよりも甘いです。背中ががら空きでしたよ」
背後からヴィンスが顔を覗かせ、にこりと微笑む。その笑顔は、悪魔のようだった。そして、さらに黒い何かを差し出す。見れば、それは――私の翼だった。
「まぁ、慣れてないですもんねぇ。しょうがないですよ。自慢じゃないですけど、私の方が場数も踏んでますし、経験が豊富なんです。今まで、そう簡単には暗殺が出来ない人も相手にしてきました。それに比べれば、貴方は本当に……未熟です。その未熟さを、バランサで補おうとしたんですよね。可哀相に、信じる人を間違えてしまったんですよね」
そして、雑に投げ捨てた。あまりにも屈辱的だった。私の誇りである翼をゴミのように扱われるのは。
(どうにかしなければ……このままでは、私は! でも――)
「翼がなければ、貴方は飛ぶことすら出来ない。なんて惨めなんでしょう。魔法も魔術も使えないなんて、悲しいですね。普通に生きていれば、苦労ばかりだったでしょう。ボスに拾われて本当に良かったですね」
その通りだった。翼は、すぐに生えてくるようなものではない。それにすがった生活をしていた私には、この国では基本とされる跳躍も飛行魔法も使うことは出来なかった。
「カ、カァ……」
死にたくない――それを、伝えたかった。ただ、上手く頭が回らなくて言葉が出てこなかった。
「それは無理ですよ。価値のないものを取っておく必要ってあります? というか、私ってそんなに信用ありませんか? 私には、貴方を幸福に満たしてあげる手段があるのに。実は、ボスからとっておきの方法を教えて貰ったんです。今から、それを披露してあげますね?」
何故かは分からないけれど、彼には私の思いは伝わる。彼は、私の言葉を理解している訳ではないと言っていたが――本当にそうなのか。そんな疑問も、圧倒的な死の恐怖を前に掻き消えていく。
(……私は死んでしまうのでしょうか。息苦しいし、体が重くて痛いです。これが、一族が味わった苦しみ。あぁ、ついに幻覚まで見え始めました……)
眩い光が闇を切り裂いて、降り注ぐ。けれど、今は真夜中。太陽が昇るには、また早い。
(本当にこれは、幻覚でしょうか? 死の間際に見るのは、こういうもの……?)
穏やかな光を見ていると、苦痛が和らいでいった。
(あれは……なんでしょう?)
その光の向こうに、いくつもの影がぼんやりと浮かび上がってきた。その影は次第に鮮明に、私の記憶にある者達の姿を形どる。
「クァ……!?」
衝撃が、私襲う。何故なら、それは――惨殺された一族の皆の姿だったから。そして、中央にいた一族の長が、そっと手を差し伸べる。
『お前一人を随分と苦しませた。もう良い』
ひさしぶりに、自分以外の使うカラス言葉を聞いた。再会も当然ながら、懐かしさのあまり涙が零れた。
『どうして……』
『迎えに来たのだ。お前を独りで逝かせはしない。今まで、私達の為に頑張っていたことは知っている。弱気なお前がよく頑張ったものだ。立派に育ったな』
『でも、一族の願いは――』
『世は常々変化する。古きものは新しきものへ。受け入れられ、形を変え……繋げられていく。一度この世界に拒絶されたものは、残る資格はない。それを私達が許容出来なかっただけだ。お前に、押し付けてしまったこと、道を閉ざしてしまったこと。何よりも後悔している。もう新たな道は示せぬが、お前に寄り添うことは出来よう。私達を許して欲しい』
なんだっていい、どうだっていい。家族と一緒にいられるなら。夢でも嘘でも幻でもいい。あの世でもどこでもついていく。
『また一緒に過ごせますか……?』
『我が一族、その絆は不滅。当然だ』
『はいっ……!』
ひさしぶりに感じた、家族の温もり。未練などこれっぽっちもなかった。私は、差し伸ばされた手を取る。すると、どうだろう。身も心も全てが軽くなった。長の導きのまま全てを委ね、光の向こうへと――。




