夜の闇は罪を隠す
―ファートゥム 山 夜中―
ホテルのある街中から離れ、バランサは人気のない山道に降り立った。
(この辺には、私は来たことがないですね。わざわざ見つけてくれたのでしょうか……組織の目がない所を)
組織に属する者は多い。現状では、カラスにとって一番安定した場所になるだろう。下部である為、雑用や使い走りの任務が与えられる。私達では、やりきれない仕事をお願いするのだ。私自身でも経験があるのが、道の監視。当時は何の意味があるのかと思っていたが――こういった時に備えてだろう。
下部にいれば、危険な仕事は滅多に回って来ない。生きていくだけならば、役職を得る必要なんてない。特別な願いがなければ、特別な役職を求める必要はないのだ。
「さっさと行くぞ。ついて来いよ。途中で疲れたとか言っても、オレは優しくねぇからなァ。根性でついてこいよなァ?」
その言葉通り、彼女はどんどん先へと進んでいく。この日の為にずっと身は休めてきた。そんな簡単に疲れたりしないはず。
「は、はい!」
離れてしまわないように、私は早歩きで何とかついていっていた。すると、少しして彼女が突然立ち止まり、わざわざ振り返って話しかけてきた。
「つかさァ、一ついいかァ? なんで、急に人の顔にしたんだァ?」
「え? えっと……」
(目立つから顔を変えたと伝えたいのですが……言葉が出てきません! どうしましょう、どうしましょう。このままでは答えたくない人みたいになってしまいます。しかし、使い慣れた言葉では彼女に理解して貰えません)
「顔、顔……悪い。有名。ですから、変えました」
しどろもどろになりながらも、何とか伝えた。知っている限りの単語で、それっぽい意味の言葉を。限界だった。最近は言葉の勉強に、さらに力を入れたきたつもりだった。つもりだけでは駄目だということを理解する。いざという時に役に立たなければ、無意味だ。
「コンプレックスだったのかァ? まぁ、あの顔面で歩き回るのは正気の沙汰じゃねぇわァ。オレも出来るけどよぉ、絶対やりたくねぇもん。今時、時代遅れってかァ。つか、変えられるのに、最近までそのままにしてたとかクレイジーじゃね? そういう家訓だったからかァ? 可哀相だなァ。そういうのって、一人になっても守るもんなんだなァ。オレにはよく分からんが、まァ助かったわァ。今まで、てめぇのくちばしくらいしか見れなかったしよ。初めて、こんなにマジマジ見れるわァ」
(……伝わってなかったですっ!)
コンプレックス扱いされてしまった。しかも、共感まで示された。ショックが大きい。そんな風に思われていたなんて。これでも、一族の中では絶世の美男扱いだったのに。私のチャームポイントに注目されていたのは、唯一の救いだった。これが、常識の違いという奴なのか。何なら、今の方が恥ずかしい。生き恥を晒している気分だ。
「ま、そっちの顔面の方がいいぜ。現代的で、男前だしなァ。しかも、その黒みがかった碧眼……てめぇがまだガキだったってことに驚き隠せねぇよ。周りに成人してんのに、ガキみたいな奴がいたからよぉ」
目の色は、ずっと前からこれだった。くちばししか見てないにしても、流石に酷過ぎる。
「そうですか……」
「あァ? んだよ、元気ねぇなァ。褒めてんのに。だからよぉ、ちょっとだけ――心が痛むんだァ。そういうことは、もっと早く言っておいてくれねぇと」
「――え?」
その瞬間、何故かは分からないけれど鳥肌が立った。そう、私の直感が何かを告げていた。
「心の準備がちゃんと出来ねぇじゃねぇかァ? まァ、てめぇも出来てねぇから平等でいいかァ! アハハハハハハハッ!」
狂ったように笑い始めるバランサ、それに合わせるかのように、音もなく気配もなく――一つの影が木々の間を縫って現れる。その影の正体は、ヴィンスだった。
「やぁやぁ、こんばんは。今日は月も出てませんねぇ。きっと、こんな夜は……誰かがどれだけ死んでも夜の闇が掻き消してくれるでしょうねぇ。絶好の……フフフ、謀殺日和ですねぇ」
屈託のない笑みを浮かべ、彼は両手にナイフを握り締めるのだった。




