伝う涙
―ファートゥム 公園 早朝―
バランサの告げた言葉は、私にとってショック以外の何物でもなかった。積み上げてきた物が、崩れ落ちるそんな音がした。
『えっと、自分の言っていること、分かる?』
ジェスチャーを交えつつ、こちらの言葉を理解して話しかけてきた。
『はい、貴方は何者ですか? 私を殺しに来たのですか。やめて下さい。私は死にたくありません。何もしませんから。見逃して下さい』
家族も仲間も殺され、一人で震えるしかなかった所に現れた真っ白な男性。最初は同じカラスであるとは信じられず、敵対する人間だと思い命乞いをした。
今も昔も、私には優れた感覚など持っていない。だから、見分けなんてつかなかった。血筋至上主義で、獣に等しい見た目を好む者しかいない世界で生き、それが常識であったから尚更。その小さなコミュニティでは、見た目だけが全てだった。
『自分は、君と同じカラスだよ。見た目にこだわる世界で生きてきた君には、理解不能かもしれないけどさ。う~ん、そうだね。どうやったらいいだろう? あ、じゃあ……これで信じてくれたりしない?』
ボスは、困ったように笑っていた。そして、自問自答の末、何か閃いたように大きく手を打った。その瞬間、真っ白でまるで天使のような翼が視界を覆った。色こそ違えど、その翼の形は間違いなく同胞のものであった。その色は雲よりも白く、雪よりも儚く映った。翼は黒ければ黒いほど美しい、そんな概念を一瞬で破壊するほどの衝撃だった。
『どう? これで、仲間であるってことは証明出来たかな。それで、提案なんだけど……自分と一緒に来ない? こんな所で命乞いするなんて馬鹿馬鹿しいでしょ。そんな生き方したくないでしょ、本当はさ』
生き方、それを問われて、未来について初めて私自身の意思で考えた。今まで与えられたものを与えらえたようにこなすだけの生活ばかりを繰り返していたから。それなりの時間を考えたけど、その間ボスはずっと静かに待ち続けてくれた。
『……私は常々、一族の復活とカラスこそがこの世の支配者であるべきで、更なる繁栄は人間ではなく、カラスにあるべきだと言われてきました。それが正しいのはか分かりませんが、否定はされたくありません』
今まで、生きてきた道を否定されることになる――それだけは避けたかった。
『なら、それを守るのが君の使命だよ。否定されたくないのなら、それを知る君だけが守り続けなければ、ねぇ。でも、それはこんな所では絶対に出来ないよ。どうする? 自分と一緒に来る? それとも、ここで死に怯え続ける? どっち?』
『行きます。未来が、その先にあるのなら……私は、生きたいんです。そして、取り戻したいんです』
『うん、じゃあ行こう。それが君の夢ならば、叶えてあげる。自分はね、結構凄い人なんだ』
その言葉には、説得力があった。さっき知り合ったばかりなのに、信じることが出来た。
でも、それが――全て嘘だったということになる。守れと言った彼こそが、最初から全てを否定していたのだ。利用するだけ利用して、満足したら切り捨てる。あの時に本性に気付けていたなら、あんな甘言に釣られることなどなかったはずなのに。
「もっと、早く気付きたかった……です」
悲しいやら情けないやら、涙が頬を伝った。




