想いは、その手に届かずに
―N.N. アジト 夜―
上にある城が喧噪に包まれる中、自分は一人で崩壊が進むアジトの中を歩いていた。
(やれやれ、他の者を先に避難させて正解だったな、これは。まぁいいか、証拠が消せるしね。範囲がアジト内だけで済んで良かった。さてさて……)
落ちてくる瓦礫を魔法で弾きながら、ようやく一つの部屋に辿り着いた。もう入り口である扉もなくなっている。
(完全に潰れてしまうのも時間の問題だな。急がないと)
部屋があったと知らなければ、その存在にすら気付かないだろう。文字通り、瓦礫の山だった。
「え~っと……あ!」
その中に、ぽつりと不自然に綺麗な場所があった。そして、そこに見慣れた二人が倒れていた。急いで駆け寄ってみると、フレイヤの方はかろうじてまだ息をしていた。しかし、生命維持に必要な魔力まで使い切ってしまったようだ。加えて、左目に突き刺さった瓦礫の破片が痛々しさを感じさせる。
一方のフレイの下半身はなく、左目から血を流し、苦悶の表情を浮かべたまま既に事切れていた。触れてみると、すっかり冷たくなっていた。
「フ、レイ……ば、か……」
虚ろな目で、フレイヤは手を伸ばし、こんな時にまで兄を罵る。悲しいことに、もうその売り文句を買ってくれる人物はいない。
「責任……と、って……よ。うち、は知らない……から」
片目が潰れ、意識も朦朧としている状態では、ほとんど見えていないのだろう。伸ばした手は、無情にも届かない。それを見ていると、もどかしさと悲しさで心を裂かれるような気分になった。最終的な結末は分かり切っていたことだけれど、共にいた者達の死を見届けるのは悲しい。
「なん、と、か……言いなさいよ。ねぇ……? フレイ……」
その小さな手は、結局届くことはなかった。そのまま、静かに命の花を枯らした。
「……あぁ、可哀相」
最期の最後まで、何も成せなかった彼女を不憫に思い、兄の手を握らせてやった。もうその感触を感じることはないだろうし、すぐに崩れるから何も残らないけれど。
「彼らをここに運んだのは、貴方ですか? それとも、偶然こうなったのでしょうか」
弔いを終え、瓦礫の山の上で佇む般若の面をつけた男に問いかけた。
「偶然だ。このような穢れに満ちた馬鹿共に、配慮などする必要はない。それくらい、予測で分かるだろう。この辺の馬鹿とは違うのだから」
こちらが話しかけるまで何も言わず、ただずっと見ているだけだったのが不思議だ。彼は話したがりだ、主に己の偉大さについて。勝利したのだから、自分がここに来た瞬間に伝えてくると思っていた。
ただ、その態度は相変わらずであるし、そこまで仲がいい訳でもないし、そういうこともあるのだろうと受け流すことにした。
「ハハ……イレギュラーばかりが起こってまして。もう予想の範疇超えてて、刺激的……じゃなくて、驚いてるんですよ」
「そうか、まぁどうでもいいが。それで、吾輩はお前の要望には沿えたのか?」
「それは、勿論。彼らの大人になりたくないという夢は叶えられました」
「それにしては、少々表情が暗いが」
「あぁ……そうか、見えるんですよね。感覚で」
目の部分を封じられているのに、その感覚で捉えられたら全てを見透かす。誤魔化すことは出来ない。機嫌も損ねたくないし、素直であるべきだ。
「慣れないんですよね、やっぱり。どれだけ罪を重ねても、穢れても……この感覚だけは。辛いなぁ」
「そうか。そんなことはもういい、早く吾輩をここから出せ。これ以上、魔力は使いたくない」
「……分かりました、急ぎましょう」
そして、彼を連れて、ひっそりとアジトを脱出するのだった。




