相打ち
―フレイ アジト 夜―
フレイヤの歌が終わった。その直後、俺の展開していた土塊が溶けるように消えた。
「なっ……ぐあっ!?」
破壊活動に勤しんでいた奴の手が、すぐそこにあるのが見えた。咄嗟に身を翻したが、左目を引き裂かれてしまった。視界が半分赤く染まる。
(失敗した!? 落ち着け、落ち着け。考えろ、考えろ)
「吾輩が砕く前に、消え去ってしまったではないか。兄の歌頼りだったのか、貴様の術は。まぁ、所詮は真似事。哀れだな」
(……いや、違う)
「哀れ? 哀れなのは――」
遠くにいるフレイヤの背後に、ぼんやりと光を発する――龍の姿が見えた。
(ちゃんと出来てるじゃねぇか、馬鹿のくせに。まぁ、これくらいやってのけねぇと生きてる価値ねぇわ)
動揺する心が落ち着いた。この世界の支配者である龍を出し抜けるかもしれない、そう思うと喜びが体の中を駆け巡った。
「てめぇだろぉが!?」
「あんたでしょっ!?」
俺もフレイヤも、喜びのあまり素に戻ってしまった。しかし、もう必要ない。むしろ、ちょうどいいくらいだ。きっと、今から奴は混乱する。見えているイメージとは全く違うものが、そこにあるからだ。恐らく初めての経験だ、そう簡単には対策出来ないはずだ。
「何……が、何がどうなっている! 貴様ら、さては入れ替わっていたのか!? 見えているものが違う!」
「今更気付いても、もうおせぇんだよ。てめぇはここで!」
「うちらに敗北する!」
奴は、ようやく背後にいる龍のイメージを捉えられたのか素早く振り返る。
「兄弟……? 太平の龍の……写し身か。あの精霊の歌は、そういう効果があるのか。意思も感じられぬな、随分と劣化したものだ。嘆かわしい。自由奔放な兄弟であることは、記憶の海で見ている。精霊達が、いざという時の頼りにする為のものであろう。見事な歌声であったが……その精度はいまいちだな。愚か者共!」
その叫びの瞬間、部屋全体がみしみしと音を立て始める。
「吾輩を本気にさせたな……? 吾輩が、破壊を司る龍と知っての無礼だな? いいだろう、いいだろう。ならば、その身をもって体感させてやる。そうせねば、分からぬのだろう。何故か、未だに貴様らの正しいイメージが掴めぬ。ならば、この部屋ごと破壊する! 貴様らのようなゴミ屑に、ここまで時間をかけたのが馬鹿であったみたいだな!」
「「はぁ!?」」
そんなことをされたら、俺達は一たまりもない。地下にあるアジトが破壊されたら、この中でぺちゃんこだ。ボスの――あいつの思惑通りになってしまう。
(フレイヤ、やれ!)
絶対にここで決めるしかないと、合図を送る。
(そんなこと、言われなくても分かってるわよ)
眉間にしわを寄せつつも、フレイヤは顕現させた龍を操り、奴へと迫らせる。
「セイクリッド・ディストラクション!」
そして、奴は怒りを露わに呪文を叫ぶ。それとほぼ同時、その体を顕現させた太平の龍の緑色の手が貫いた。場が滅茶苦茶になっていく中、聞こえたのは断末魔と瓦礫に埋め尽くされていく世界、それと俺を呼び迫ってくるフレイヤの声――。




