捧ぐ舞歌
―フレイ アジト 夜―
透き通る柔らかな声としなやかな動き。花咲く水面の月の上で優雅に舞う精霊のことを思い出す。たった一度だけ見た神秘に満ちた光景。精霊達の力を高める舞だという。
一度だけでも、姿を持たない精霊の動きを見ることが叶ったのは、月光の下で精霊が水をまとったまま舞ったから。とても綺麗で感動したけれど、それを覚えようとは思わなかった。だから、フレイヤが覚えていると知った時はどん引きした。お陰で、今は助かっている訳だけども。
「その歌は……ハハハ! 我が兄弟に捧ぐ精霊の歌ではないか。何故、そんなものを貴様が知っている? どこで知った?」
龍は、心なしかどこか嬉しそうに尋ねる。
「そんなもの、あんたには関係ないでしょ! クロォド!」
フレイヤに代わって、俺が返答する。ついでに、舞のお陰で高まっている精霊術を試す。この舞を始めたら、最後までやり切らなければならない。途中でやめれば、天の怒りに触れるという。フレイヤがどうこうなることより、精霊の力を極限まで高めることが出来なくなってしまうことが心配だった。
「貴様らのような自慢したがりが答えぬとは、不可思議だ。自身の活躍は、自身で答えなければ気でも狂う病に罹っていると思っていたのだが?」
龍は首を傾げる。その最中で、平然と土塊を破壊する。威力も高まり、雨のように無数に降らせた。しかし、奴の持つ破壊の力を前にしてあまりにも呆気なかった。
(俺の術は通用しないか……つか、無反応で破壊とはひでぇな。あれ? てか、だったらなんでアースウォールは破壊しねぇの?)
あっちも色々と疑問があるようだが、こっちも色々と疑問が出てきた。舐められてるのか、歌を聞きたいのか、力をあまり使いたくないからなのか。
(まぁいいや、フレイヤが歌い切れば……あの龍の隙は作れるはず。妨害してくるものと思っていたが、これはラッキーだ。気が変わらねぇようにしねぇと。とりあえず、歌は聞こえるようにしとけばいい。適度に俺に集中を向けさせる。もし、万が一ということがあれば俺が俺に戻ればいいだけ。イメージを崩壊させて、混乱させてやる。今は、時間稼ぎだ!)
「ふむ……しかし、これを踊るのがフレイの方とは。まぁ良い。これに、貴様は必要ないのだな。ならば、先に消しておこう。先ほどから小賢しい。すぐに楽にしてやろう」
(なるほど、よっぽどこの歌が大好きらしい。なら、最後までしっかり聞かせてやる。ついでに無意味力も使わせてやる!)
「出来るものならやってみればいいわ!」
俺は両手を広げ、アースウォールも横に延ばす。
「おぉ……だが、無意味だ。貴様の兄は最後に始末する。力の無駄遣いだ、それは」
「意味はあるわ。それに気付けないなんて、龍の長が聞いて呆れるわねぇ!」
そして、今度は腕を組んで土塊をまとう。攻撃が通用しないのなら、防御に徹するのみ。あいつのイメージで壊せるのは、土塊だけになるだろう。何度も何度も繰り返して――最後に笑うのは、俺だけにしてみせる。




