精霊術
―フレイ アジト 夜―
俺達の攻撃で吹き飛んだのは、奴の座っていた椅子。当の本人は、物凄い怒りのオーラをまとってこちらを見つめていた。趣味の悪い仮面のせいで、恐怖六割増しだ。
「どういうつもりだ、吾輩に危害を加えようとするとは」
「どっ――」
「どうもこうもねぇよなぁ。俺達はよぉ、てめぇにうんざりなんだよなぁ」
俺を遮って、フレイヤが答える。むかついたが、兄としての威厳を見せて感情を押し殺す。
相手は屑だが、実力は確か。ボスが世界の命運を託すほどのことはある。これくらいは想定内だった。それに、一週間ほど積み重ねた経験もあり、俺達はそのままお互いの演技を続けられた。
「うんざりだと? それはこっちのセリフだ。前回の反省を踏まえ、吾輩に敵意を感じさせず、攻撃をしてきたことだけは褒めてやる。だが、一度ならず二度までもこの吾輩に危害を加えようとした罪は重い。死して、その罪を償うしかあるまい。既に、貴様ら双子など生かすも殺すも吾輩の勝手だ」
その最後の言葉に引っ掛かりを覚え、俺は問う。
「何よ、それ。どういうこと?」
「あぁ、知らぬか。詳しいことはよく分からないが、あの男はもう必要ないと言っていた。あの双子にとって満足する形で……と伝えられた。まぁ、死ねば満足も不満足も分かるまい。不敬にも程がある者達に配慮する理由は一つもないからな」
直後、龍はフレイヤの方に顔を向けた。その言葉に偽りはないと感じた。ボスが組織の者達を信頼していないこと、俺らよりも後の役職は既に処分されている為だ。まさか、その時が奴に委ねられているとは思いもしなかったけど。
(切り捨てられたっ! 完全に! 望み薄だっ!)
(は!? どういう――)
フレイヤの問いかけを無視して、俺は発動する。
「大地の精霊よ、力を!」
俺が得意とするのは精霊の力を奪い、自らのものとすること。精霊は消滅し、それを司るものは廃れていく。アジトの上にある城の庭がどれだけ荒もうが、俺には関係ないし困らない。ただ一つ気にかかるのは、命を賭して力を貸してくれる者達のこと。
「アースウォール!」
躊躇は弱さ。それを掻き消すように手を向けて叫ぶと、フレイヤと龍の間に土の壁が出現する。
「小癪な真似をっ!」
(やっぱり効果あるな。目を向けて、そこにある奴のイメージを捉えて破壊する。そもそものイメージは違うが……それでも危険はある。未知数な分、妨害し奴の集中力を妨げよう。うん、我ながら最高だぜ)
本来なら、この技を使うべきなのは俺ではなくて、俺に成り代わっているフレイヤでなければならない。けれども、流石にそこまでは模倣が出来なかった。お互いに。
それでも希望はあった。俺達は一回も、この精霊術をこの組織に来てから使っていない。つまり、知られていない。見られてもいない。
『これから先、いざということがあれば、精霊術をお使い下さい。それに呼応し、同胞らが応えることでしょう。いざという時以外、決して使いませぬように。さあ、お逃げ下さい! 魔の手はすぐそこまで迫っています!』
最初で最後の約束。双子で共有した最初の秘密。燃え盛る森の中で、姿なき声と涙ながらに別れた。
久しぶりに使っても、体は覚えているもの。知っているのは、俺達だけ。それを信じ、この日に備えた。
「助けられたが、感謝はしねぇ! でも、今からお前は俺に感謝することになる!」
意気揚々とそう宣言すると、何事もなかったかのように歌い、舞い始めるのだった。




