家族の中に
―ガイア 街 昼―
アマータは何事もなかったかのように、あたしを地面に下ろして口を開く。
「ちゃんと食べてるんだったらいいけれど、私は心配よ。ガイアは、すぐに一人で思い悩むから。あ、ストレスでお腹空いてないと食べてないなんてことはないでしょうね? 栄養不足になるわよ。せめて、野菜ジュースぐらいは飲んだりしないと」
「……うん」
なんだか見透かされている気分だ。最近は空腹感を感じることが少なくて、食事もほとんどしていない。絶対にこの仕事のせいだ。生きているだけでストレスなのに、さらに過剰に与えられる。
「おとぉーーさん! まぁーだ!? 早く行こうよー! 足が痛いーっ!」
すると、遠くから男の子の声が聞こえた。見ると、かなり不満げに腕を組んで、こちらを睨みつけていた。アマータが思った以上に来ないものだから、待ちくたびれてしまったのだろう。女の子がなだめているようだったが、あまり効果はなさそうだった。これは、アマータが戻らなければ意味がないだろう。
「あらあら……待たせ過ぎちゃったかしらね。じゃ、そろそろ戻るわ。今行くわーっ!」
困ったように笑いながら、どこか嬉しそうにアマータは彼に手を振った。
(幸せそう。幸せ……か、羨ましい。きっと、アマータの人柄がいいからね。だから、こんなに充実して見える。それに引き換え、あたしは……)
「うん、ありがと」
「心配だから、ちょくちょく様子を見に来ちゃうわね。まぁ、余裕がある時くらいにはなっちゃうけど」
そんな輝きに満ちて幸せそうなアマータを見ていると、羨望の気持ちを抱かずにはいられなかった。同時に、疑問も。
「ねぇ、アマータ」
「なぁに? どうしたの?」
「アマータは幸せ?」
「えぇ……そうね、幸せね。家庭を体験出来て……おとぎ話が現実になったみたいで楽しいわ。どうして、そんなことを?」
「なら、どうしてこの組織に所属し続けるの? だって、このままいけばアマータは……消されてしまうのに。苦しくないの。その幸福に終わりがあるって分かってるのに、どうしてそんなに輝いていられるの?」
あたしは、別に消されることは怖くない。今も昔も不幸だし、結果として何も変えられなかったし、力すらも使いこなせない。与えられた役目すらもこなすことも出来ない。それに、この世界は不条理で満たされているし、早く終焉を迎えるべきだと思う。
けれど、アマータは全てその対極にいる。今は幸せで、あの家族の支えになっている。ボスから与えられた役割もこなし続けている。価値も意義もあるこの世界を壊すなんて、不本意じゃないだろうか。
「いずれ、終わってしまうもの。長く続けても意味はない。どこかで退場しないいと。それに、この幸せがあるのはボスのお陰。恩は返さなければならないでしょう。あたしは、家族の為に死ねるならそれでいいの。それが幸福なの。後悔なんて何一つないわ」
曇りのない笑顔を向けて、あたしの頭を優しく撫でる。
(ボスの為に身を尽くし、家族の為に命を散らす。それが、アマータがボスに伝えた望みなのかな。そして、それが死に様になる……)
役割を与えらえる時に、ボスに人生の望みを伝える。クロエ以外の子は、望みの中で幸福に死んでいった。その当初のことを忘れ、命乞いをした子もいたらしいけれど。
「分かって貰えたかしら。もっと話していたかったけど、ごめんなさいね。あの子達が疲れちゃうから。じゃあ、またね」
そして、アマータは新たな家族の下へと走っていった。その背中すら、あたしには眩く見えた。
「……また、会えるかな」
遠くなる背を見て、思わずそう言葉が漏れた。あたし達の未来は不確かだ。いつ双子達が消えるかにもよるけれど、一気に処分されてしまうことだってある。三番だろうが、六番だろうが……死はすぐそこにあるのだから。




