生まれ変わろう
―ガイア 街 朝―
遠くに消えていく三人の背中を、あたしは追うことが出来なかった。空っぽというワードが、あたしのトラウマを抉った。
それは、研究所で過ごしていた頃のこと。あたしは、人間の研究員達に呼び出された。いつもの実験だと思っていたけれど、行ってみると様子が違っていた。
『適応もしない。負荷による情緒の乱れ。もはや、使い物にならない。よって、被検体ガイアの廃棄が決定した』
研究所での廃棄、それはすなわち死を意味していた。
『い、嫌だ……嫌だ! 殺さないで、殺さないで! あたし、もっと頑張るからっ! ちゃんと龍の力を適応させるし、カラスとしての素質を生かして何か出来るようなことがあれ――』
『お前のような空っぽで役立たずな奴を飼うのも金がかかる。所長も必要とされていない。おい、さっさと連れていけ』
そして、あたしは毒ガスの充満する部屋へと連行された。でも、本当の地獄はそこからだった。死ねなかったのだ。ただ一人だけ、どれだけ毒を吸い込んで苦しくても生きていた。何日も喉の奥底から焼けただれるような痛みと、終わりのない苦痛に喘いだ。
『はぁ……これだけやっても死なないのか、お前は。仕方ない。毒液を体に染み込ませろ』
次に、あたしは毒の水槽に入れられた。毒を飲み込んで、息も出来なくて、全身が壊れてしまいそうな痛みに襲われた。それでも、あたしは死ねなかった。
『中途半端な再生能力と生命力。失敗作らしい。しかも、空っぽだから、中身をいじれない。もう我々は疲れた。心が痛むが、そのまま土にでも埋めておけ』
意識と呼吸だけはかろうじて残ってしまった為に、話し合う声はよく聞こえた。毒に侵され、毒に蝕まれ、あたしの体はもうボロボロ。本当に使い物にならなくなって、雑に土の中に埋められた。一応、墓地的な扱いだったらしいけれど、後から見ればそこはただの墓標の一つもない地面が続いているだけだった。
身動きも出来ない暗闇の中、恐怖に怯えていた。いつになったら死ねるのか、どうしてこんなに苦しまなければならないのかと。時間の感覚もない中、突然闇が切り開かれて光が差した。
『え……?』
声を出せて、新鮮な空気を吸えた。自身の異常さばかりを感じさせる空間から、解き放たれた。ひさしぶりに見た外の世界は、とても眩しかった。
『おはよう、ガイア。ようやく見つけた、今こそ蘇ろう。君には、役割がある。長い間、よく頑張ったね。今の君はボロボロだ。今までため込んだエネルギーのお陰で、ここまで生き永らえたんだ。それも、いずれ尽きるだろう。研究員達の手に堕ちていなかった龍がいる。それが適応すれば、君は……元通りになる。そして、生まれ変わろう。新たな自分へと』
太陽に照らされる真っ白な男性――ボスは、とても美しかった。天使なんじゃないかと錯覚してしまうくらい。生まれて初めて優しく差し伸べられた手は、とても温かくて安心出来た。あたしにも何か出来て残せる――そんな淡い希望を抱けてしまうほどに。
(そうよ、そうなの。あたしは生まれ変わらないといけなかったの、空っぽのままじゃ駄目だったの。なのに、なのに……あたしは弱いまま、どうして変われないままここに来てしまったの……)
過去の絶望と、今の絶望。悔しい、素直にそう思った。けれど、足は動かなかった。三人を、追いかけてまた他人の絶望を傍観する度胸など、今はなかったから。




