あからさまな嘘
―ダイニング 夜―
しかし、無理矢理奪った透明な瓶には何もなかった。クロエが、背後に隠すその瞬間までは間違いなくあったはずだ。この瓶に、半分くらい液体が入っていた。それなのに、それがまるで嘘のようだ。瓶は、新品のように綺麗に輝いている。不自然なくらいに。
「……クロエ」
「何」
「中に入っていた赤い液体はどこにやったの?」
「さぁね。全部飲み切ったのかもよ」
クロエは床を見つめたまま、微笑を浮かべる。
「自分がやったことだろう。それに、飲み切る前だったのを僕は知ってるよ」
「巽君が見た世界が全てとは限らないじゃない。巽君にはそう見えていても、実はそれは幻覚だったかもしれない。中に入っていたのは赤い液体じゃなかったかもしれないし、瓶に液体はとっくに入っていなかったかもしれない。勝手に、巽君が真っ赤な液体が入ったままの瓶があるって思い込んだだけで」
「……そんな屁理屈が聞きたい訳じゃないんだよ。僕は」
「屁理屈だと思い込んでるのは、君でしょ」
僕はイライラしていた。意味不明な理由をつけて、僕の言うことに全て文句を垂れるそんなクロエに。どうして、こんなに不利な状況で屁理屈をこねてわざわざ隠すのか。見苦しいにもほどがある。
(やっぱり、何か良くない物を飲んでいたのか……? でなければ、こんなことをする必要もないよね。でも、隠す必要のある赤い飲み物なんて……普通に考えてお酒だよなぁ)
「はぁ……もういいよ」
彼女よりも、僕の方がずっと嘘つきなのに。僕の方が罪を犯しているのに。彼女のついている嘘なんて、今まで僕がついてきたものに比べたら、ずっと小さなものなのに。だが、僕は彼女に対して怒りをぶつけていた。
そして、その怒りには羞恥に等しいものが混ざっていた。何故、僕が彼女の行為に対してそんな感情を抱いているのか。今の僕には何となく分かる。
(あからさまな嘘を見せられるのは嫌だな)
多分――無意識に、昔の僕と今の彼女を勝手に重ねているのだ。昔の僕は、今よりもずっと嘘つきだった。それは、自分の身を守る為。それが、国を守ることにも繋がると思っていた。勿論、勝手にそう思っていただけ。
それが結果として、沢山の命を奪うに至った。しかも、僕が皆を欺けていると思っていた嘘はとっくの昔に見抜かれていた。そして、その嘘を守ってくれている人がいた。
「嘘をつくなら、もっと分かりにくい嘘をついて欲しかった。記憶を奪うくらいしてくれれば良かったのに。もう僕は行くよ」
「あっそ、何か用があったから戻って来たんじゃないの? 半泣きで戻って来たくせに」
「……もう忘れたよ。僕は寝る」
「寝れば」
忘れてなどいない。嘘を嫌いながら、僕はまた嘘をついた。きっと、あからさまな嘘になってしまっただろう。




