妹の見る世界を
―ヴィンス 山 十年前―
私と妹は、まるで正反対だった。妹は感情豊かで、よく笑って泣いて怒った。場所を転々とする生活なのに、それを楽しんでいた。私に出来るのは、それの真似事。本当は違うのに偽って、皆からは瓜二つだとよく言われた。
「兄さん、兄さん! 見て下さい! 綺麗なお花を見つけました! 兄さんは、この花の名前を知ってますか!?」
私が木に登ってぼんやりとしていると、下から元気な声が聞こえた。視線を向けると、妹が枝を持って見上げていた。その枝には、花がなっていた。ここに来るまでの道のりで見つけたのだろう。私は図鑑で、その花を見た覚えがあった。
(そんなことを言われても……興味ないですね。まぁ、私の方が博識ですから、教えてあげましょうか)
妹の見る世界は、きっと沢山の色に溢れていたのだろう。私の世界は、淀んだ灰色。楽しくも面白くも何ともない。新鮮さも感動も何もなかった。
「それは、キスツス・アルビドゥスという花ですよ。暖かい気候だからですからね」
出来る限りの笑顔を作り、私はそう返答した。
「何だかかっこいいお名前ですね! よし、じゃあこれをっと……」
慣れた手つきで、花だけを摘み取るとそれを頭の上に飾った。
「えへへ♪ いい思い出になりそうです♪」
「思い出、ということは……」
妹がそのワードを出す時に決まって起こること、それは――。
「明後日には、ここを離れると父さんと母さんが言ってました! 故郷ともうお別れなのは、寂しいですが……かっこいいお名前の可愛いお花を見つけられてラッキーでした! 兄さんもいりますか?」
「いや、いいです。私は……そういうのはあまり似合わないので。それより、両親にあげて下さい。きっと喜びますよ」
「わぁ! そうですね! そうします! 流石、兄さん!」
手を何度も叩いて、納得した表情を浮かべる。そして、駆け足で隠れ家へと向かっていく。きっと、引っ越しをする理由なんて考えていないんだろう。また、新たな場所で新たな出会いがある。そんな期待に胸を躍らせているのだろう。
(もう、人間の脅威が迫ってきているということですね。しつこい連中ですね。本当に殲滅するつもりで……あぁ、どこへ行っても私達に安息はないのですね。まぁ、あってもなくてもどっちでもいいですが。私はいつになれば、妹のようになれるのか……)
近くいるのに、こんなにも遠い。妹の見ている世界、そこに達することは叶わない。ずっとそう思っていた――あの日が来るまでは。
出発の前日、いつものように食事をしていた。すると、突然ドアが蹴破られ、かつて私達を奴隷扱いした者達が下品な笑顔を浮かべて現れた。その手には、明らかな殺意が握られていた。
「見つけたぜぇ? ちょこまか逃げ回って、手をかけさせた罰を受けて貰う!」
そして、次の瞬間広がったのは――赤。生まれて初めて、世界に色が見えた。
「お願い、子供達だけでも……!」
「逃げるんだ、お前達!」
「兄さん! 兄さ……」
家族の断末魔が響き、絶望と恐怖の入り混じる世界で、私は初めて妹の世界を知れた。大切なものを失ったことで、欲しかったものを得られた。
「おやおや、最後まで生き残って可哀相だなぁ。苦しかっただろ。すぐに楽にしてやるさ」
「……アハハハハハハハ!」
楽しくて嬉しくて、私自身でも制御出来なくなって、気が付いたら人間達を殺めていた。家に残ったあ、判別つかなくなった肉片だけ。そこで立ち尽くしていると、ボスが現れた。
「遅かったか……」
「でも、随分と……まぁ、そういうこともあるかしらね」
「多少、狂っていないとね……ねぇ、君は行くアテある? ないんだったら、自分達の組織に加わって見ないか? 色々な世界が見れる。頑張れば、世界の終わりまで見届けられるかもしれないよ」
その誘いに魅力を感じ興味本位で、私は組織へと加わった。かつて、家族としたように色々な世界を――妹と同じ目線で見てみたかったから。




