親心に等しい何か
―ダイニング 夜―
ダイニングルームの前に行くと、その扉の隙間から僅かに光が零れていた。まだ、クロエはここにいるようだ。
(聞いてみなきゃ……)
泣き姿を見せてしまった後に、こんなことを聞くのも気が引けるが勇気を出さなければ何も始まらない。そして、僕は意を決して勢い良くドアを開けた。
「クロエ!」
「ぶふぉぉっ!?」
クロエは、ドアの近くに立ってトマトジュースのような物を透明な瓶に口をつけて直接飲んでいた。僕が戻って来ることを予測していなかったようで、口からそれを噴き出した。
「あ、ごめん」
「ごほっ、ごほっ!」
飲んでいた物が気管に入ったのか、クロエは苦しそうに咳をし始める。顔が真っ赤だ。
「驚かせるつもりはなかったんだ、大丈夫かい?」
「げほっ……べ、別に。ちょっとびっくりしただけだし……」
彼女はかすれ気味の声でそう返事をしたが、全然大丈夫そうではなかった。
「本当にごめん……」
「別にいいから。それで、何? もう涙は落ち着いた?」
その時、僕は見た。彼女が、その透明な瓶をまるで僕から隠すように背後に持っていくのを。
「ん?」
「何?」
「どうして隠したの?」
僕がそう指摘すると、彼女は舌打ちをして目線を床に向ける。何もやましいことがなければ、こんな態度に出ることはないだろう。彼女も結構感情が出やすいのだと、今更ながら理解した。僕と同族だ。
「女の子が飲んでた物にそんなに興味があるの? 気持ち悪い。変態なの?」
目線を逸らしたまま、イライラした様子でそう言った。
「そういう意味で言ったんじゃない! クロエの為を思って言ってるんだ! 僕から見えないように、瓶をわざわざ隠して。まさか、飲んではいけない物でも飲んでいたのかい?」
「はぁ? 何よ、飲んではいけない物ってさ」
「お酒……とか。こっちでは、同意がない状態でそういうのを子供が飲んではいけないんだろう? もし、そうじゃないんだったら……何を飲んでいたの? やましい飲み物じゃないんだったら、教えてくれてもいいよね?」
「お酒? 笑わせないで。法を犯すくらい落ちこぼれてないし。第一、興味ないのよね。全然美味しそうじゃないもん。私の高尚な趣味には似合わないのよ」
クロエはそう言いながらも、相変わらず床を見つめたままだ。本当のことを言っているのか、嘘をついて誤魔化そうとしているのか、僕には分からない。
ただ、一般には人は嘘をつく時、目線を合わせないようにすると聞く。僕は、むしろ目を合わせて嘘をつく方が安心出来るが、顔に出てしまうのであまり好ましくない。クロエはどっちのタイプだろうか。
「高尚な趣味……か。それは面白い。じゃあ、是非……僕もそれを楽しませて貰おうか!」
僕は、クロエに向かって手を伸ばした。
「な……! 嫌っ!」
クロエは抵抗しようとした、だが僕の魔法のエネルギーの方が勝ったようだ。
僕は思う、クロエには道を踏み外して欲しくないと。まだ幼いのに、大事な役を務めて、学校でも優秀な成績を修めている。それだけのことが出来るのに、こんなことで無駄にしてほしくない。
決めつける訳ではないが、怪し過ぎる。考え過ぎであって欲しい、そう思いながら僕はクロエの手にある物を吸引と浮遊の魔法を融合させて、強引に奪った。




