万華鏡
―フレイ アジト 夜―
ずっと一人で戦える日を待ち望んでいた。けれど、心は躍らない。怖くて怖くてたまらない。
「さあ、どこからでもかかってこい。俺は年上だし、兄だからな。ただし、容赦はしない」
そう言って、エトワールはゆっくりと自信の顔に手を伸ばす。
(チャンス!)
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うからな!」
その隙を狙い、俺は剣を取り出して斬りかかった。最近、鍛冶屋を脅して作らせた勝利の剣だ。初陣だからその性能は把握しきれていないが、その名に恥じないような力がこの剣にはあるという。
『太陽のように眩く輝くこの剣は、使い手を選びます。魔剣には到底及びませんが、貴方様がこの剣に認められれば……ですから、どうか、もう自由の身にして頂けませんか?』
「くらえっ! これが、俺の勝利の剣だ! 呑気にガスマスクなんて触ってる場合かよ、馬鹿がっ!」
「甘い」
「がっ!?」
間合いに入った瞬間、エトワールは左足を軸にくるりと回し蹴りを俺にくらわせてきた。完全に攻撃態勢に徹していた俺は、それを避けることは出来ず勢いに乗せられて吹き飛ばされた。それでも、何とか剣は離さず、急いで体勢を整える。
「勝利の剣というののだな、それは。確か名のある鍛冶屋の娘を人質に、監禁し作らせていたな」
「なんで、それを……てめぇが知って……」
「俺は、何でも見ているし何でも聞いている。それが仕事だ。まぁ、仕事である前に、家族とは、見守るものだからな。何かがあれば、すぐに施せる」
「見守る? 監視だろ、それはよぉ……気持ちわりぃ」
これまでずっと、俺の行動は見られていたということだ。俺だけではない。他の奴も全員だ。しかも、それが仕事――すなわち、ボスからの命令。
「気持ち悪い? 何故だ? あぁ、お前達はちょうど反抗期くらいだからな。そう感じても仕方がない。これは、愛だ。いずれ、分かる日が……いや、その日が来ることはないか。さて、あまり無駄話はしたくない。俺は、本気だ」
そして、エトワールはついにガスマスクを外した。いついかなる時も、肌身離さずつけていたそれを。
「ひっ……!」
その顔を見て、思わず声が裏返る。綿が飛び出て、雑に修理された人形みたいだったから。そこにいる巽とはまた違う不気味さだった。
「あぁ、やはりそれが普通の素直な反応か。そうだよな。だが、これで呼吸もしやすくなったし、視界広くなった。俺と世界を繋ぐ物は何もなくなった。俺は、今の俺のことだけを考える。色々と試させて貰うぞ。展開・万華鏡」
エトワールは、両手を広げて言葉を唱えた。その途端、エトワールが部屋中に何十人にも増殖した。いわゆる、分身だ。
(こんなことまで……! 卑怯だろ!)
「キモい! マジでキモいんだよ! 俺は、一人なのに!」
「俺だって一人だ。本気を出すと言っただろう。これは、遊びじゃない。大事なステップアップの為の……研修のようなものだと思え」
一斉に言葉を発し、声がエコーがかかって聞こえた。ぐわんぐわんと頭に響き、気持ち悪くなる。そんな俺に気遣う様子もなく、奴らは動きだし俺に襲い掛かってくる。
どれが本体なのか、見分ける余裕もない。剣で、そいつらを無造作に薙ぎ払うので手一杯だった。




