嘘に踊らされた記憶
―庭 夜―
僕の中にいる獣を飼い慣らして、本当の強さを得る為に必要なのは一体何だろうか。
(僕を、こんな体にしたのは十六夜。だけど、もう十六夜はいない。どうすることも出来ないのかな。この力を使いこなせるようになれば……僕はもっと強くなれるはずなのに)
使いこなせない今、獣となって暴れてしまうこの力はただの脅威だ。僕にとっても、誰にとっても。
(十六夜が使った……忌まわしき技術とやら、それを知れば分かるかな。それを知れば……)
「っ!」
そう考えた時、僕の頭に激痛が走った。
「あぅ……痛っ……!」
その激痛の最中、一瞬だけ僕の頭の中に見慣れぬ映像が流れた。
『言うことが聞けないのね、お坊ちゃん』
煉瓦で出来た瓦礫の山の中、全身真っ赤な仮面をつけた女性が明らかな怒りを滲ませた様子でそう言った。
僕が認識出来たのはここまで。それ以外の様子が流れてくることはなかった。そして、その映像が消えた瞬間、頭痛は治まった。
「はぁ……はぁ……何だ?」
これを、ただの頭痛だと片付けるのは難しいと感じた。それに、同じような経験をしたことがある。この国に来る以前のこと、十六夜によって六歳より前の記憶を封印されていた期間に何度かあった。断片的に記憶が流れてはそれに頭痛を伴わせる、その時と一致していた。
(まさか……記憶が?)
しかし、その時と違うのは僕にその実感がなかったことだ。昔はあった。記憶がないという違和感、どうしようという焦燥。
幼いながらに自身に起こったことを理解した。それを誰にも言えず、記憶がないことを誰かから指摘されるのを恐れながら大人になった。
(先ほどの記憶……あれが封印されたものなのか? だとすれば、最近のことだ。でも……いや、ちょっと前に感じたことのある違和感の正体がこれか? クロエとの関係を考えると何か違うような……でも、記憶の限りおかしなことは何もないと思ってたけど)
記憶を封印するだけでなく、偽りの記憶を僕に入れているのだとしたら……そう考えると体が奥底から冷えていくのを感じた。
(もし、本当にそうだったとしたら……いつから? どこから? 何の目的で? いつの間にそんなことになった? よく分からないけれど、あの血まみれの女性が関係しているのは間違いないよね。でも、まったく知らない人だ。あんな不気味な女性と僕は何かの関係を持っていた……? 駄目だ、頭がおかしくなりそうだ)
「どこからどこまでが……嘘なんだ? また、僕は嘘に踊らされているのか? あの女性が鍵を握っているのか? 誰なんだ? 誰なんだよっ……!」
怒りと恐怖……その感情が瞬く間に僕を埋め尽くし、僕を支配していく。静かだったはずの夜が、僕のせいで徐々に壊れていく。風の音が鳴り始め、この風を起こしている張本人ですら立っているのが苦しくなるくらいの風になっていく。
(駄目だ……! 落ち着かなければ、魔力を暴走させているようでは駄目だ! 冷静に考えれば……そうだ。ずっと、僕のそばにいるクロエなら何か分かるかもしれない!)
僕は強風吹き荒れる中、何とか体勢を保ちながら家へと戻った。




