本性
―学校 昼―
長い長い授業も終わって、ようやく昼休み。今日は残念ながら、この昼休みの後も授業がある。授業で寝てしまうと、ついていけなくなる。課題もやたら多いし、たまに学生主体で進む授業もある。聞く授業はしっかりとメモを取りながら、理解しなければ恥を晒してしまう。つまり、今しっかり休む必要があるのだ。
「ふわぁぁ……」
授業は退屈そのものだ。城にいた頃の授業と同じくらい退屈だった。僕の本当に知りたいことを学べるのは、もう少し先。興味ないことを学ぶのは、僕には難しい。
(学食って奴があるんだよね……あんまり美味しくないけど、何もないし……)
僕はよっぽど舌が肥えてしまっているようで、この国に来て食す物のほとんどを美味しく感じることが出来なかった。
(さっさと食べて、少し寝よう)
大学のやたら賑わう庭を僕は歩く。皆楽しそうだ。疲れたりしないのだろうか。疲れていても、休憩が来れば楽しくなってくる人ばっかりなんだろうか。
(元気だな……羨ましい)
ぼんやりと考え事をしながら、歩いていた時だった。
「いってぇ!」
「うわっ」
僕はぶつかった。その反動で、僕は尻餅を着いた。考え事をしながら歩いてしまった僕が悪い。誰にぶつかってしまったのかを確認する為、顔を上げた。
「いってぇな……おい、お前どこ見て歩いてんだよ」
そこに立っていたのは、かなり柄の悪そうな男性達四人。僕がぶつかったのは、恐らく目の前に立っている人物だろう。何かを食べているのか、口を激しく動かしている。そして、僕を威圧的な態度で見下ろしていた。
「す、すみません」
僕は慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「あ~謝れば許して貰えるとか思ってる系の人? ないわ~そういうのないわ~。なぁ、そう思うよなぁ? 現に俺の体、めっちゃ傷付いてるもん」
そう言って、彼は僕の頭を掴んで無理矢理上げさせた。そして、何かを食べている男性は周りの人達に賛同を求める。
「あぁ、確かになぁ」
「世界の厳しさを見せてやろうぜ」
「ガハハハ!」
すると、周囲の男性達は手を鳴らし始める。
「え……?」
「ちょっと痛い目合わせてやるよ」
「そ、そんな……やめましょうよ。人も見てますし……皆に迷惑をかけてしまいます」
「迷惑ぅ? いいんだよ、だって俺ら四年だし。お前、一年だろ? 入学式終わりに出て来たの見てたぜ。その隠す気もない黒髪、目立ってたからなぁ、すぐ分かったぞ? 目立ってる奴、俺ら嫌いなんだよね。そんな奴が俺らにぶつかってきた。もう、ボコるしかねぇだろ」
この人達に常識は通じない。それは、この少しの会話だけで理解出来た。ぶつかった僕が悪いのは事実。だけど、もはや僕を痛い目に遭わせるという理由は理不尽そのものだった。積み重ねた時を勘違いした奴ら。僕は、どうしてこうも厄介な奴らに絡まれてしまうのだろう。
「……すみません。お願いします、許して下さい」
こういう人は刺激しないに限る。願うことなら、最低限の被害で留めたい。そう、僕だけが被害を被ればいい。例えば、靴を舐めることで解決するなら、是非そうしたい。別に失う物なんて、今の僕にはない。
「言ってるよねぇ? 謝っても許されることじゃねぇって」
「ったく、これだから一年は。謝れば許して貰えるっていう考え方が糞だよなぁ。だから、お前を見世物にして、一年しめてやるよ」
「あー知ってるか? こういうのって親の教育に問題があるんだよ」
突然、理不尽な怒りの矛先は僕の両親へと向けられた。
(違う……)
「言えてるな」
(父上も母上も……ずっと立派だ)
「糞みたいな親に違いねぇぜ!」
(糞なのは、お前らの方だ)
「こんな子供を育て上げた親の顔を見てみてぇもんだな!」
「黙れ……」
「あ?」
我慢出来なかった。自分が馬鹿にされるのはいい。自分が痛い思いをするのはいい。だけど――。
「父上と母上を馬鹿にするなあぁぁ!」
僕の頭を掴む奴を、回し蹴りで吹き飛ばした。こんな単純な攻撃でやられるような奴が、僕を見世物にするだの語っていたのが腹立たしいし、滑稽だ。
「僕より弱いくせにさぁ……調子に乗らないでよ。先輩だろうがなんだろうが、どうでもいいよ。僕は自分より劣った奴が大嫌いなんだ。どうしてか分かる? まるで、昔の自分を見ているみたいだからさ」
「こ、こいつ……一発蹴りが入ったからって、しゃしゃってんじゃねぇぞ!」
「しゃしゃる? 何それ美味しいの? まぁ、いいや」
単調に分かりやすい殴りを繰り出してきた奴の拳を掴み、腕をそのまま一回転させた。そうこれは、関節の動きに反する本来曲がることのない向きだ。骨の音色がよく響いた。こうされると、皆痛い。
「があああああっ!」
叫びにも近い悲鳴を上げて、男性はその場に倒れた。
「僕も弱いのに、それ以下の人間なんて生きてる価値もないよ。嗚呼……そうだ、そうだよ。君達は死んだ方がいい。それに、僕よりもずっと強い両親を愚弄するなんて……嗚呼……君達は死ぬべきだ!」
後、立っているのは二人。でも、生きているのは全員。残らず殺してやる。跡形もなく、死んだという形跡すら必要ない。骸は僕が喰ってやる。それくらい、父上と母上を侮辱した罪は大きい。弱い人間に、強い人間を馬鹿にする筋合いはない。だって、この世界は弱肉強食なのだから。
「一匹残らず……抹殺してあげるからね」
***
―? 大学 昼―
「もう片方の目まで黄色くなってから別人じゃない……巽君」
監視対象者を見続けて、どれくらいか。やっと大きな変化だ。レストランにいる時も、学校にいる時も弱々しい雰囲気を漂わせていた彼。
もし、このまま彼が一方的にやられるようなことがあれば、私が介入しなくてはならなかったが、もうその必要もなさそうだ。退屈だと思っていたが、案外そうでもないことがたった今証明された。
(こんなに面白い人だったなんて……ボスが面倒なことをしてまで、寵愛するのも分かるかもしれない)