女の変貌
―フレイ アジト 夜―
上から響く無数のリズムを刻む足音。ずっとこんな調子だ。晩餐会は、食べるだけじゃなかったのだろうか。
「うっせぇなぁ」
いつまで、これが続くのだろう。夜中まで続いたとしたら、たまったもんじゃない。
「え、え……あたしの呼吸音がうるさい? 鼻息? でも、これ以上静かにすることなんて出来ないわ。もしかして、死ねってこと? 酷い、酷いわ……そんなの」
思わず漏らしてしまった不満に対し、自意識過剰女ことガイアが反応する。もう相手にするつもりはない、面倒臭いから。
(お前が死のうが死ぬまいが、俺はどうでもいいんだよ。死ぬなら勝手に死んでろって話だ。興味なさ過ぎて、マジで腹立つわ)
ウザくてウザくてたまらないが、あまり邪険に扱えない理由があった。それは、単純に組織で俺より立場が上だからだ。役職が与えられた者同士で、上下関係が明確にある訳ではないが、あらゆる権利はボスに近付けば近付く程に強くなる。
(でも、俺はこんな奴に負けてる。こんな奴より、立場が下なんだ)
俺は誰からも文句言われたくないから、もっと上に行きたかった。けれど、何故かその決闘に挑む時は絶対にフレイヤもおまけについてきた。何度も一緒にやりたくないと訴えたのに、ボスは聞き入れてくれなかった。俺一人だったら、もっと自由にやれるのに。邪魔ばかりがあるから、俺は十二番どまりのまま。
(くそ、考えれば考えるほど腹立ってくる。俺だけだったら、こんな奴の下にいることなんて絶対にありえねぇだろ)
ぶつけようのないストレスで、胸がいっぱいだった。叫びながら、暴れまわりたい気分だった。
「とんとんと~ん! 失礼するよ!」
軽快なノック音と共に、ボスの明るい声が響く。そして、俺が反応するよりも前にドアが開かれた。
「やあやあ! ちょっと心配になったから見に来たよ」
そう言いながら、ボスは一目散に巽の元へと駆け寄っていく。
(なんでいるんだ? 普段はここにすらいねぇのに。たまたまスケジュールに空きがあったのか?)
「心配? それって、あたしがゴミ以下の役立たずだから……? ごめんなさい、ごめんなさい……」
俺達に目もくれなかったボスが、彼女の声に反応して振り返る。そして、彼女の前に向かった。
「いいや、ガイアは役立たずなんかじゃないよ。ほら、もっと自信を持って頑張れ。君を信じて」
優しく微笑み、ボスはそっと彼女の頭を撫でる。その瞬間、彼女の雰囲気がくるりと変わった。ボスは、この女を面倒臭いとは感じたことはないのか疑問だ。
(あ~あ、自意識過剰女から母性押し売り女に変貌か)
どういうシステムなのかは知らないが、この女は特定の人物に触れられると変貌する。まるで、別人だ。面倒なことに、その母性は俺らの意識にも影響を及ぼす。
「あぁ、優しいのね……お母さん、貴方に応援されたらとっても力を貰えるわ」
「うんうん、そうだろう? 自分の為に……頑張ってね。ガイア」
しかし、何故かボスには影響は及ばない。この差は何なのか、俺にはさっぱり分からない。




