煽り
―エトワール 城内 夜―
その冷静な指摘に、返す言葉を失った。そんなことは分かっている。現実的に不可能なこと。この顔であることは、受け入れなければならない現実。先ほどのように言ったのは、ちょっとした冗談のつもりだった。それなのに、あんなにも真剣に返されてしまったらどう言えばいいのか分からなくなった。
「数度しか、エトワールの顔は見たことはありませんが……とても綺麗でしたぁ。まず、右目は透き通るような青色で、左目は優しい緑色。どちらもまた微妙に色が違っていましたよねぇ。どうすれば、あのように角膜が繋ぎ合わせられるのか……その技術が完成されなかったのが、残念でありませんよ」
「やめろ……」
「皮膚は、右目付近だけは私と同じ褐色の肌でしたよね。それ以外は、元々のエトワールのものですよねぇ。本当は他の部分にも移植する予定だったとのことですが、研究所の崩壊によってそれが成されることはなかったのですよね。その結果、縫い目が残ることとなってしまいましたが……あぁ! それがとても心に刺さる! 想像するだけで、気持ちが高ぶりますよぉ!?」
「やめろと言っている!」
思わず怒りが溢れ出る。それに呼応して、ヴィンスの隠れていた木が根元からぽっきりと折れる。木が倒れ始めた時、突如としてそれは塵となった。
木を塵へと変えたのは、ヴィンスだった。両手には、ナイフがしっかりと握られている。目にもとまらぬ早業で、俺には認識出来なかった。
「……危ないじゃないですか。こんな穏やかな日に木なんて倒れてしまったら、皆の不安感が煽られてしまいますよ」
「誰が俺の苛立ちを煽ったと思っているんだ……?」
まだ、俺の心は騒然としていた。普段では、こんなことありえない。顔に対しての感情の制御が、まだ未熟であるのだと悟る。
「煽ったつもりはなかったんですけど……ですが、エトワール? 煽られたくらいで、力を暴走させていては……巽君のお姉さんのように感情を封印されてしまうかもしれませんよぉ?」
ヴィンスは半笑いを浮かべながら、肩をすくめる。
「貴方の中で、僅かに宿る破壊の龍の力。どれだけ微量であっても、その力は脅威的です。それでも、制限されることなく生きていられたのはエトワールを信じて下さっているからですよ。フフフ……信用がなくなるのは、どういうことか分かりますよねぇ? 馬鹿じゃないんですから」
何も言い返せない。あまりにも正論だから。俺の力は、破壊をもたらすものだ。危険であることは、誰よりも理解しているつもりだ。
「そんな醜態を見せているようでは、貴方は私を抜かせない。五番目のままで終わるでしょうねぇ。ましてや、たった今弱点をこの私に晒してくれましたしねぇ。自ら見せてくれてありがとうございました。さて、私は……そろそろ戻りますね。彼も困っているとのことでしたし」
俺の心を搔き乱せたこと、俺に関する新たな情報を得られたことで満足したのか、ヴィンスは優雅に去っていく。その後ろ姿を眺めていると、また力を暴発させてしまいそうになった。
だから、ヴィンスの姿を間違えても見てしまわぬように、俺は即座に地下への入り口へと飛んで向かった。




