その顔を持てるのは
―エトワール 城内 夜―
僅かに零れてくる華やかな音に耳を傾けながら、木の上から晩餐会の様子を見守っていた。人間もカラスも着飾って、同じように料理を楽しんでいる。気が遠くなるほどの長い間、いがみ合っていたとは思えないくらい。
肩を組んで歌う者、音楽に合わせて歌う者、真剣に話し込む者、怪訝そうな表情で緊張の解けていない者もいたが、会は順調に進んでいた。
(ん? あれは、フレイヤか?)
いつの時代の格好かと思うくらい重そうなドレスに身を包み、堂々と参加していた。楽しそうに駆け回っているものだから、悪い目立ち方をしている。礼節を知らない子供だ。これが、悪影響を与え過ぎないといいのだが。
(まぁ、ボスが参加するように促していたんだ。イレギュラーが起こるほどのことではないだろう)
一つ見慣れた顔を見つけると、次々にその場に馴染んでいた仲間達に気付く。
イザベラは優雅にワインを嗜み、バランサは無我夢中に料理を口に運んでいる。十番目の運命の輪は、人間達に取り囲まれていた。
(ん? ヴィンスはどこ――)
その時、身の危険を感じて咄嗟に防御魔法を展開した。跳ね返されたナイフが落ちて、無機質な音を立てる。
「……どういうつもりだ? ヴィンス」
こんなことをやってくるのは、俺の知る範囲ではヴィンスしかいない。気配は感じないが、確信を持って問いかけた。
「フフフッ……悪戯ですよ。殺意はありません。不意打ちで殺しても、しょうがないですしね。第一、こんなお遊びで殺されるほどエトワールはやわではないでしょう?」
すると、いつの間にいたのか向かいにあった木の陰からヴィンスが姿を現す。そして、落ちたナイフを手に取って丁寧に折り畳む。
「何か俺に用か? こんな所で遊んでいる場合ではないだろう。運命の輪が困っている。一応、通訳の役割も担っているのだろう。悪戯なんてしている暇があれば、そっちに今すぐに行ってやれ。あの風貌だが、意外と小心者だ。知り合いがいないと不安で仕方なさそうな顔をしているぞ」
「大丈夫ですよ、彼は。そこにいるだけで、十分に周りの気持ちを満たしていますから。ちょっとくらい、私が離れていても問題はないはずです。一応、周りにも組織のカラスはいますしね。ま、普段は顔を合わせない者ばかりですが。私だって、何も考えずにエトワールの所に来た訳じゃないんですよ。用があるから遊びに来たんです。だって、こんなに楽しい晩餐会なのに遠目から見ているだけなんてつまらないじゃないですか」
「そんなことか……いいんだ、俺は。ここから見ているだけで満足だ。こんな俺には、晩餐会に参加する資格はない。邪魔をしてしまう」
この見た目では、華やかな雰囲気に水を差す。楽しんでいる者の邪魔はしたくないのだという思いを伝えると、ヴィンスは顔をしかめる。
「つまらない……そんな考え方は、本当につまらないです。エトワールの顔は、とても美しい……どうして、それを否定するのです?」
「こんなちぐはぐな顔面を、美しいと言えるお前の価値観が羨ましい。そんなに言うなら、顔を取り換えてやりたいくらいだ」
「残念ながら、その技術は完成する前に研究所は崩壊してしまいました。現実的に考えて、それは……実現不可能でしょう。その顔を持てるのは、エトワールしかいないのですよ」




