茶番の舞台へと
―ヴィンス 城 昼―
注目を浴びながら、私達は地上へと降り立った。厳重な警備体制が敷かれる中、ゆっくりと地面を歩く。
「お待ちしておりました。カラス族の皆様」
出迎えに現れたのは、一人の女性。彼女は、王の側近という設定だったはず。彼女もまた、ボスにとって用意された存在。九番目の双竜が、変幻している姿の内の一つだ。
「我らが長も、この日を待ちわびておりました」
率先して、私が言葉を発する。十番目の彼は話せないし、バランサは威圧感担当なので、こういうのは得意ではない。一挙手一投足が注目されるこの場では、設定を守らなければならなかった。そして、私達は握手を交わす。
「さ、中へと参りましょう。王がお待ちです」
「えぇ」
誘導され、私達は城内へと向かう。実を言うと、城内には何度も入ったことがある。だから、新鮮さなどこれっぽっちもなかった。しかも、普段過ごしているのはこの地下だ。実家のような安心感を感じる場所だが、それを悟られないように緊張感を滲ませながら悠然と歩いた。
(誰も分かりはしない。誰も気付きはしない。これが茶番であることなんて。人間の王など、この国にいないことなんて)
嘲笑してしまいそうになる。けれども、それをぐっと堪える。
(さて、見えてきましたね。もう少し茶番を頑張りましょうか)
私達が玄関の近くに足を踏み入れると同時、扉が開かれる。玄関周りには、ついに警備兵しかいなくなった。外部の人間は、やはり入ることすら許されない。遠くからカメラのフラッシュを浴びせることくらいしか、無関係の人間に出来ることなどない。だが、それでいい。その記憶を記録として、この場を見届けられぬ者達に伝えるという重要な役割がそこにあるのだ。
「段差に注意して下さいね」
それっぽく注意を促しながら、彼女は中に入っていく。外部の人間は完全にいなくなったが、内部の人間――すなわち使用人や兵士達はいる。まだ目や耳が、私達を監視している。演じ続けなければならなかった。
「実を言いますと……最近、王はあまり体調が芳しくありません。その為、部屋におります。ご無礼をお許し下さい」
「いいえ、そのようなことは気にしません。そのような状態の中で、この場を設けて下さったことに感謝します」
王は決して、何かと理由をつけて人の前に姿を現さない。それは、ボスが王に成り代わってからずっと。いつの間にか、それが当たり前になった。使用人とて、例外ではない。それでも、姿なき主のことを彼らは決して疑わない。何百年もかけて作られた常識を疑うほどの証拠すらないのだから。
(本当、滑稽ですねぇ)
目的の部屋に行くより前に、私達は足をとめる。周りには、もう誰もいない。それでも、万が一に備えて演じ続ける。
「あちらの部屋でございます、我ら使用人は命により近付きません」
「長は、人語を発せません。私の同行も願いたいのですが」
「問題ありません、あくまでこちら側の話ですから」
「感謝申し上げます。じゃあ、バランサはここで」
「あ、あぁ……」
少し前までの威勢はどこへやら、すっかり雰囲気に押し負けてしまったようだ。
(ま、こういうことは専門ではないですしね。ここから先は、私達の出番でしょう)
中には、竜が変幻した王が待っている。病に陥ったという設定でやっているようだから、随分と弱々しい姿をしているのだろう。それが化けている王の姿を見るのは初めて。ようやく、新鮮さを感じられた。
そして、私は一人――誰も見ていないであろう茶番の舞台へと向かう。




