誰よりも準備して
―フレイ ? 朝―
組織の隠れ家にあった、ずっと閉ざされていた部屋。一体何の為にあるのか、俺はずっと気になっていた。その部屋の前に、どういう訳かイザベラは俺達を連れてきた。
「んだよ~、こんな部屋になんかあんのかよ」
よく見れば、イザベラの手には鍵が握られていた。
「えぇ、ここが今日から巽君の部屋になる。この為に用意されていたのよ。監視者の貴方達にも、この部屋を使う権利があるわ。大丈夫よ、十分過ぎるくらいの広さがあるわ。全員で、監視するようにね」
(マジかよ。最初から想定済みで……おげぇ~)
「そういえば、監視者って……ずっと傍にいないといけないんだったわね。うちらも必然的に拘束……げげぇ~」
フレイヤは、わざとらしく吐く素振りを見せる。
「あら、フレイヤは出来ないのかしら。いいのよ、別に。フレイもいるし、ガイアもいるもの」
「はぁ!? 別にやらないとは言ってないし! ふん!」
強がりを言っているが、フレイヤは落ち込んでいた。俺には、理由が分かってしまった。それは、今日から三日間の夜に開かれる晩餐会に参加するつもりでいたからだ。人間とカラスの間に出来た溝を埋める為、国王が開いた前代未聞のパーティ。そのカラス側の出席者として、俺達が出るように言われていた。
その日を待ちわびて、フレイヤは柄にもなくドレスを準備したり、化粧の研究をしていた。何だか必死で大変そうだなと思った。俺達はたかが飯を食うだけなのに、ボスが用意した茶番なのに、個人的に頑張る理由が分からなかった。ただ、その努力が全て無駄になるのだと思うと――。
「クククク……ハハハハハッ!」
ちゃんちゃらおかしくて、思わず吹き出してしまった。なんて愚かなのだろう。あまりにも馬鹿過ぎて、同じ血を分けた兄妹とは思えない。
「ちょっと、何笑ってんの!?」
「可哀相だなぁって思ってよぉ。ドレス買ったり、化粧の――」
「いやあぁぁっ! 言うな、言うなっ! 言わないでっ!」
「ど~しよっかなぁ?」
言ったら、フレイヤはどんな顔をするのだろう? どんな風に傷付くのだろう?
言わなければ、俺に感謝してくれるだろうか? 俺を馬鹿にするようなことはなくなるだろうか? 兄として敬意を払うようになるのだろうか?
(う~ん……どっちでもいいけど、どうしようかなぁ)
俺が本気で悩んでいると、ずっと陰で黙っていたガイアが突然口を開いた。
「イザベラ……今日の夜だけでいいから……その、その……フレイヤを晩餐会に参加させてあげて欲しいな……」
「え!?」
その提案に対して、誰よりも驚いていたのはフレイヤだった。
「あ、あたし一人じゃあれだけど、ほらフレイがいるから。あたしは役立たずだけど……駄目かな」
ガイアは小刻みに震えながら、恐る恐るといった様子でイザベラを見つめている。
「はぁ……今日の夜だけという約束は守れそう?」
すると、それに負けたのか仕方なさそうに言った。
「ま、守れるに決まってるわ! ふ、ふん。まぁ、うちがいなかったら晩餐会にも華がないもんね~ふっふ~ん♪」
許可が出たのをいいことに、フレイヤはもう聞く耳を持たずに廊下をスキップで消えていった。
「思い上がりも甚だしいな……馬鹿な妹だぜ」
「何事もないように、丁重に……それは絶対。フレイ、ガイア。責任を持って頑張りなさい」
「わ~かってるよ。ったく」
「ご、ごめんね。もしかして余計なこと言った馬鹿女だって思ってる? ごめん、ごめんね……そういう空気だわ、空気を感じる……」
「……まぁ、色々と大変だと思うけれど、はいこれが鍵よ」
イザベラは真っ直ぐに俺を見つめながら、鍵を渡した。




