悪趣味の極み
―エトワール ? 朝―
ボスの発言に、一部が色めき立つ。この事実を事前に知っていたのは、五番目以上の者達だけだけだったからだ。
「あァ? これが、あのなよなよ判断力不足男かァ? こんな面してたかァ?」
バランサは、眉をひそめる。そういえば、彼女は僅かではあるが巽との接触があったことを思い出した。
「違う。それは、お面だ。縫い付けてある。よく見てみろ」
俺がそう指摘すると、彼女は舌打ちをする。善意だったのが、気に食わなかったのだろう。そして、縫い目を見つけてぼそりと呟いた。
「趣味わりぃなァ」
それは、恐らく――この場にいるほとんどの者が思っていることだろう。このちぐはぐさもさることながら、面と顔を縫い付けるなど常識的に考えてありえることではないのだから。
「しょうがないだろう? これを選んだのは、巽君自身のセンスによるものだし……」
「いや、そっちもだけどそっちじゃねぇからァ。何、これまさかてめぇがやったのかァ?」
「ハハハ、違う違う。こういう作業は、あんまり好きじゃないしさ。やったのは、ガイアだよ。ね?」
「え? あぁ……うん、多分」
突然話を振られて、驚いた様子でガイアは答えた。ちなみに、その光景を俺は見ていた。
『この世界が怖いのね。このお面があれば、もうこんな世界を見なくて済むみたいよ。なら、お母さんが貴方の為に仮面を縫い付けてあげるわ。あぁ、でも目の部分に穴が空いてる。大丈夫、お母さんが塞いであげるわ』
まるで、怪我をした子供に治療を施す母親のように和やかな光景だった。そんな雰囲気の中、残酷な行為が行われていた。
『もう二度と見なくていい。何も感じなくていいわ。もう貴方は、十分やり切ったもの。おやすみなさい……』
あまりに一方的な愛情と母性のままに、魔術の施された針と糸を持って彼女は縫い付けていった。その男からの返答がないことなど関係ない。ただ、与え続けるだけだ。受け取られなくても、ただひたすらに満たされるまで。
「彼はさ、今不安定な状態でね。ちょっとした刺激が命取りなんだよ。だから、それを出来る限り防ぐ為にやってるのさ。まだ、破壊のスイッチにはなれない」
「え~まだなのぉ?」
「もう中には、入ってるんだろー?」
双子達が、不満を訴える。
「動力源はあるけれど、スイッチの中の線が繋がっていない状態だと思ってくれればいいわ。危険な状態。下手に動かせない。万全を期さなければ、全てが無意味に終わる。まだ、私達のやるべきことは多く残っている。気は抜かないで」
そのイザベラの落ち着いた声に、場の空気が引き締まる。そう、彼女の言う通り、まだ何も終わっていない。始まったばかりだ。
「そうそう、だから彼の扱いは慎重に。そこで、新たな監視者を置こうと思うんだけど。ん~と、フレイとフレイヤ。それと……ガイア。よろしくね」
双子達に任せるだけでは、不安が残る。彼らは息が合えば、その強さを発揮するけれど現状厳しい。そこで、ガイアを置くことでその不足を補うという算段だ。彼女の不安定さは、双子達に任せるつもりらしい。
「嫌……あぁ……あたしに出来る訳ないのに」
「ふん、クロエとかアルモニアなんかとは違うってとこ見せてあげる」
「別に、俺一人でも良かったけど? まぁ、雑用もいるもんなー!」
「はぁ!? 何なの、殺されたいの!?」
「雑用……あぁ、あたし雑用がいいよ……」
反応は、それぞれというか相変わらずではあったがこれで重要なことの共通理解は出来ただろう。不安材料だらけだが、それでもやって貰わなければならない。組織の幹部と呼ばれる立場にいる者なのだから。
(俺も、時が来るまで役目を全うせねばな)
そう、密かに自分を律した。




