龍の器
―アスガード村 夕方―
「――ありがとう」
その言葉を最後に、アリアは動かなくなった。安らかに、満たされた表情のまま。僕への感謝を、弱々しい声で。
「はぁ……うぅうう……」
徐々に、彼女の体も冷たくなっていく。その死の現実が、証明されていく。もうどれだけ呼びかけようとも、彼女が目を覚ますことはない。
「あぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
孤独と絶望に打ちひしがれて、僕はただ叫んだ。僕が何をどうしても、彼女が戻ってこないことは分かっているのに。彼女の精霊としての魂がどこかにあっても、もう僕と話すことはない。
「どうしてどうしてっ! 僕が……僕のっ、くそっ!」
何度も地面を叩き、己の無力さの怒りをぶつけた。やるせない、情けない。感情が溢れてとまらない。空も薄暗く、より感情を落とす。このまま夜の闇に、包まれて消えてしまうんじゃないかという恐怖に襲われる。
加えて、この廃れた雰囲気だ。よりいっそう、僕を惨めな気持ちにさせた。
「うぅ゛ぅ゛……」
(こんな世界なんて、初めからなければ――)
「壊したくなってきただろう? こんな世界のことなんて。ようやく、巽君の機は熟したよ」
聞いただけで、憎悪を掻き立てられる声が突然背後から響いた。白髪の得体の知れぬ不気味なN.N.と呼ばれる者のものだ。何度も何度も、僕を陥れた存在だ。この場に現れたということは、やはりこれらも全て彼によって仕組まれたものであることの証明だった。
「その絶望、悲憤――君から発せられる負のオーラ、しっかりと受け取ったよ。それらは全て、君の中にいる化け物に力をくれる栄養だ。これで、あれも馴染める。さぁ、時は来たれり。破壊と創造の龍よ、ここに宿れ!」
(龍……!?)
その刹那、轟音と共に途轍もなく強大な力が物凄い勢いで迫ってくるのを感じた。僕に向かって、真っ直ぐと。
「がぁっ!?」
槍で心臓を一突きにされたかのような衝撃が、僕を襲った。
――嘆かわしい。嘆かわしい。何とも嘆かわしい。汚らわしい。汚らわしい。何とも汚らわしい。壊さねば、壊さねば。こんなにも醜い世界は――
僕の中で、悲嘆する龍の声。その声は徐々に大きくなっていく。その思いは、僕の意識の中に入り込んで混乱をもたらす。僕は一体誰だったのか、僕は何をしていようとしていたのか――自分自身のことが見えなくなる。絶望も悲憤も全て、その大き過ぎる思いの前に飲み込まれていく。
「まぁ、まだ完全とは言えない。それでも、いい入れ物にはなる。だけど、まだまだ綺麗にするには早い。オリジナルの意識と龍の意識の融合に加えて、最終的に巽君との意識の融合……それもあるしね。まぁ、ちょっと待てばいいだけ。巽君には、長い地獄になるかもしれないけどね……ハハハハハハ!」
笑い声が遠くに響く。入り乱れる意識の中、僕は暗闇へと沈む――。




