彼女への償い
―アスガード村 夕方-
怖いなら、悲しいなら、許せないなら――僕を蔑み、罵るべきだ。そんなに優しくて温かくて、いつもみたいに変わらない不器用な笑顔を僕に向けるなんて間違っている。どんな事情であったとしても、僕はアリアを騙し続けていた。彼女にとって、僕は憎き相手だ。そんな相手に、託すなんて間違ってる。
「何を……何を言ってるんだっ!」
「そのままの……意味だよ。ありがとうって、巽に言いたいの。こんな気持ちのまま、お別れなんて嫌だもん。お願い。その爪を抜いて、元に戻して」
あの時と同じ。クロエが死んでしまった時と。彼女の体を剣が貫いて、それが結果的にある程度の止血の役割を担っていたというのに。彼女もまた、それを拒否した。少し形は違えど、繰り返してしまっているではないか。同じことを、同じ過ちを。
「僕に選べと言うの?」
「うん」
クロエは、自ら剣を引き抜いた。しかし、今回は僕が選択しなければならない。彼女の事情など関係なく、無理矢理にでも病院に連れていくことだって出来る。けれども、アリアは――死を望んでいる。僅かでも生きる可能性があるとしても、そこにかかれば自身の異質さが明らかになってしまうから。
「この国の医術は、とてもレベルが高いわ。きっと、まだ……今なら間に合うって思う。だけど、それでは……お父さんの名誉が奪われる。お父さんのしたことは、禁忌だから。もう死んでしまっているのに……好き勝手言われるなんて嫌よ。そんなことになるくらいなら、私は……げほっ!」
苦しみながら語るアリアの口から、血が吐き出される。こうしている間にも、じわりじわりと彼女に死は近付いてきていた。
「お願い。早く、巽……」
彼女の望む死は、僕が引き抜かなくてもこのままでは確実に訪れるだろう。
「どうして? 君の望む死は、このままでも……」
「残酷だって分かってる。だけど、巽が爪を抜くことを選んでくれたら、私の願いを叶えてくれてありがとうって言えるから。大丈夫、誰も責めたりなんかしないわ。だって、私は……疎まれているもの。娘さんだけじゃなくて、お父さんの名誉まで奪いたくない。私は最低なの、何も出来なかった。精霊としても人としても。もう、終わらせて……」
その声色や様子は弱々しかったものの、その思いだけは強かった。弱い僕には曲げられないと察した。僕は、彼女に散々迷惑をかけた。全てを狂わせたのは、僕。本来ならば、平穏に暮らせているはずだった。アリア=アトウッドとして。それが間違っていたのだとしても、彼女は幸福だったのだ。
(ここで、踏みにじれば……彼女から全てを奪ってしまう。やるしかないっ!)
彼女の願いを叶えること、それが僕に出来る唯一の償いだったから。




