あのね
―アスガード村 夕方―
温かい何かが触れて、僕は我に返る。何よりも先に目に入ったのは――僕の手の中で血まみれになったアリアの姿だった。
「ア、リア……?」
瞬間、僕は全てを思い出す。アルモニアさんに撃たれて、体は悲鳴を上げた。肉体の変化に抗えず、欲望に飲み込まれてそのまま意識を失ったことを。
「ナんてこトだ……」
ぐったりとした様子で、俯いている。まだ温かい、生きている。けれども、彼女は負傷していた。僕の鋭い爪が突き刺さったままの状態だ。しかし、それを引き抜こうにも、下手にすればさらに出血を招いてしまう可能性があった。
「う、うぅ……あぁ」
「あ、アリア!」
僕は、声を絞り出して叫んだ。
「た……つみ?」
その声が届いたようで、彼女はゆっくりと顔を上げる。その目には涙が滲み、口からは血が出ていた。虚ろなその目に、僅かに光が灯る。
「ご、メん。あリア。僕、こんナこと……するつもりナくて……」
先ほどまでとは違い、余裕があった。つまり、それが何を意味するのか――僕にははっきりと分かった。
(僕は喰ったんだ。人を。異様に漂うアルモニアさんの血の香り……あぁ、彼女を喰ったんだ。それを、僕は見せつけたんだ。全てがバレてしまったんだ。嘘にするつもりのなかった嘘が、こんな形で……嫌だ。最悪だ)
「うん……うん」
彼女は、小さく頷いている。
(あぁ、彼女は今僕を見てどう思っているのか……嫌だな。こんな姿を晒し続けるのは。元に、戻せるか……な?)
手はそのままに、僕は体を戻すことを意識する。彼女の止血代わりになっている爪を引き抜くことは出来ない。自信がなかったが、このままの姿を保っているのが嫌だった。一か八か、試してみると――不安とは裏腹に腕以外の全ては、僕らしさを瞬く間に取り戻していった。
「あぁ、巽……戻れたの。でも、手が……」
「試したんだ。やってみたら出来た。でも、そんなことはいい。手を元に戻したら、さらに血が出てしまうかもしれない!」
「ア、ハハ。凄いね、良かった。やっぱり……巽は優しいね。私なんかとは違う。あのね、でもね……もういいの。分かるの、この肉体に限界が来ているって。巽はその姿が嫌なんでしょう。む、無理して、頑張らなくていいよ」
彼女は顔を引きつらせて、儚く微笑む。けれども、その笑みは取り繕ったものではあることは一目瞭然だった。隠し切れぬ絶望と悲しみが、溢れ出していたから。
「何を言っているんだ? 適切な治療を施せば、間に合うかもしれないだろう! この国なら、発展している。きっと――」
「あのね……私も嘘をついていたの。私の体は、私のものじゃない。医療機関に関われば、それが明らかになってしまうから……こうなってしまった以上、もうそれを受け入れるしか……ないの」
そう言うと、彼女は僕の腕に触れる。そして、続けた。
「巽は、人で……私は精霊。元々肉体なんてない。私の嘘の為に、巽に苦痛を与えるなんて嫌……だって、友達だもの。怖いけど、悲しいけど、許せないけど……たった一人の私の、友達……だから、お願い。巽は、人であり続けて」




