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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第三十四章 因果断絶
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精霊として、人として

―アリア アスガード村 夕方―

 血の雨が降り注ぐ。私は、それを一身に浴びた。アルモニアさんの姿は、跡形もなくなった。


「な、なんて……こと……」


 彼が、アルモニアさんだったものを一心不乱に咀嚼する。怖い、怖くて体が動かない。逃げたい、でも逃げられない。目を背けたい現実なのに、私は見続けている。悪夢なら、まだ良かった。だって、覚めれば終わるから。けれども、現実だから決して終わらない。永遠に続く。


「ウ゛ウ゛……アァ」


 絶望の最中、食事を終えた彼が新たな獲物を探して目を光らせる。そして、その視線は私へと向けられた。


「やめ、て……」


(逃げなきゃ。あぁ、足がすくんで体が動かない。このままじゃ、私も……)


 力が出ない。足がすくむ。それでも、彼は迫ってくる。返り血で染まった黒い体で、ゆっくりと。私が逃げられないと、もう捕らえたも当然だと獣的な本能で察知したのだろうか。死の宣告、それを受けている気分だった。


「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……」


 彼女の血を浴びていることもあって、より美味しそうに見えるのだろう。よだれを垂らしながら、また一歩また一歩と近付く。そして、その距離は完全になくなった。彼の呼吸を、その異質さを肌に感じる。


「巽、ねぇ、き、聞こえる?」


 逃げる手段がなかった私に出来たのは、彼に問いかけることくらいだった。自我もなく、ただの獣と化している彼にそれが意味があるかどうかなんて関係なかった。

 もうこれ以上、彼のこんな姿を見たくなかった。呼びかけることで、眠る本来の彼が目覚めるかもしれない――そんな奇跡を願った。皆が言う、神頼みという奴だろう。けれども、それにすがる他なかった。この状態の彼には、並みの魔術や魔法は通じないと知っているから。それを奪われてしまったら、もう願う以外になかったのだ。


「私、アリア……分かる?」


 もう目と鼻の先、口を開けばすぐに私も殺される。脳裏に、父とアルモニアさんの死ぬ場面が過る。父のように跡形もなく惨殺されるか、アルモニアさんのように食べられてしまうか――そのどちらしかありえない状況。それでも僅かな希望を信じ、必死に問いかける。


「巽は、どこに……いるのかな?」


 怖い、怖くて仕方がない。元々は、巽だったのだと分かっている。けれども、もう目の前にいるのは理性のないただの飢えた獣。私の声など、願いなど、奇跡など届くはずもなかった。

 獣が選択したのは、父と同じ無意味に惨殺する方法だった。まるで、当てつけのよう。私をその大きな手で握る。


「きゃぁ゛っ!」


 骨の軋む音がする。どんどん締め付けられて、その鋭い爪が私の体に突き刺さる。


「い゛、や……! がっ!?」


 口から血が溢れ出す。


(お父さん……ごめんね、貴方の大事な娘さんの体を……おばあちゃんになるまで大きくして……あげられない……)


 意識が朦朧とする。私は、ただ人として生きたかっただけ。同じ名を与えられた少女の人生を、代わりに歩もうとしただけ。それすらも出来なかった。精霊としても、人としても無能だった。


(誰も、誰も救えなかった。力にすらなれなかった。こんな形で、彼の全てを知って受け入れられなくて……私って本当に駄目だなぁ)


 そう思うと、悲しくて涙が零れた。その涙は頬を伝い、彼の手へと落ちて――。

読んで下さりありがとうございます。

皆さんの中で、好きなキャラとかいたりしますか……?

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