彼女の前で
―アスガード村 夕方―
夕焼けの眩い光に、目が眩みそうになる。外だ。外に出られたのだ。扉の先は、無事に外へと繋がっていたのだ。
(とりあえず、良かった――)
安心し、しっかりと地面の感触を感じていたその時、乾いた銃声が響いた。
「え……?」
腹部に激痛が走る。恐る恐る視線を向けてみると、僕の腹部は真っ赤に染まっていた。
「いやぁあああああっ! な、なんで!? 撃たないって言ってたじゃないですかぁあっ!?」
「色々勘違いしてるんじゃない? 貴方を撃たないって言っただけ。巽を撃たないとは言っていないでしょう?」
そこで、ようやく気が付いた。馴染みのある二人がいることに。
「ア、リア……アルモニア……さ、ん? どうし、て二人……が」
激痛に悶えながら、僕は必死で声を出す。
「それは、すぐに分かることよ。ねぇ、もう傷だらけで苦しいでしょう。死ぬほどではないとはいえ、苦しいでしょう。それを癒す方法なんて、この状況では一つしかないでしょう?」
アルモニアさんは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄る。彼女の手には、しっかりと拳銃が握られていた。加えて、ほのかに血の香りがした。アリアのものではない。他の誰かのもの。
(この血は、一体誰の……)
「いい匂いでしょう? その傷を癒す為に、最善の策を……もう体が求め始めているでしょう?」
体が震えている。一度は乗り越えた苦しみが、誘発されようとしていた。父上に出血は抑えて貰ったものの、傷があるという事実は変わってなどいない。しかも、撃たれてしまったことで大きな傷が出来てしまった。いいや、傷なんてものじゃない。
「やめて……どうしてこんな真似を!」
「だって、それが目的なんだもの」
そう言って、彼女は僕の足に銃口を向け――引き金を引いた。
「があぁっ!?」
乾いた音が響き、血が飛び散る。その衝撃で、僕は崩れ落ちてしまった。
「致命傷を避けさえすれば、こちらに被害が及ぶことはない。まぁ、でも……そろそろ危険かもね」
彼女の言葉通り、僕は胸の圧迫感、尋常ではないほどの空腹感、外からも内からも襲う激痛に襲われていた。体中が熱い。音が遠のいていく。
(嫌ダ。嫌……こんナ形で、アリアにあンな姿を見せルなんて……僕ハ……!)
どうにか抑え込もうとした。けれども、限界はとっくに超えていた。所詮、それが来る瞬間を延ばし続けていただけに過ぎない。
「ア……ア゛ア゛ア゛……!」
僕の抵抗など、その大きな力の前には無力だった。体の変異は加速度的に進み、爪が鋭利に、毛が体中を覆いつくしていく。それに伴うように意識が食欲と破壊衝動に飲み込まれていく。僕が最後に認識出来たのは、呆然とこちらを見つめるアリアの姿――。




