彼がいる
―ロキ 教会 ?―
近くで、歪みが生じて消えたのを感じた。
「終わったようだ」
ヴォーダンも、それを察知したみたいだった。
「気配が一つ消えたましたね。リアムの気配です。あぁ、残念……残念でなりません。折角、あれが連れてきてくれたというのに。何も叶えず、何も果たさず……不幸せな現実に戻るだなんて」
私自身の敗北は、それで完全に決定した。使徒である奴ならば、ヴォーダンの手駒をまとめて排除出来る可能性を持っていたというのに。
「どういう心変わりだと思います~? 執着していたものを手放すって」
「さぁな。心というものは、そう簡単に理解出来るものではない。たとえ、神であろうと……創造主であろうと、その心の持ち主であろうとも」
「あ~あ、参ってしまいますよ」
こんな時にイレギュラーが起こるだなんて。この世界の理を変容させ、茶番を変える力を持った存在。凡庸な者ばかりしか生まれなくなったこの時代に、創造主様が目をかけるほどの存在へと無自覚に成り上がった者。
神の資格を持つ者は、どの世界からも誕生しなくなった。しかし、神は増え続けていた。神と神の契り、いつの頃からかそれが当たり前となった為だ。だから、私達にも子供という概念があるし、家族というまとまりがあるのだ。
(まぁ、これで……創造主様もお喜びになるか)
ただ、創造主様は望んでいた。凡庸な存在から、神となる者が生まれることを。
「さて……無駄話はもういい。やるべきことは、終えた。後は、貴様を……封印する」
私も彼も、力を消耗し続けている。お互いに完璧な状態ではない。私には抵抗する余力はないが、彼もまた屠るほどの余力は残っていない。どこかで折れざるを得ないのだ。
「封印、か。残念でしたね、私を殺せなくて」
「貴様の動きをとめられるだけでも、十分だ。いずれ、力をつけたら必ずやこの手で息の根をとめてやるからな」
「……アッハッハ! それはそれは楽しみですね。その、いずれ……の時までにこの世界があるならの話ですがねぇ!」
凡庸でありながらも、この世界を終わらせる術を知っている者がいる。そして、その時は確かに近付いてきている。イレギュラーである巽様を利用して、全てを破壊していく。彼を利用することはリスキーではあったが、そうでもしなければ創造主様は楽しんでくれない。観客が楽しんで初めて、ショーというものは成立するものだ。
それに、計画自体は順調だ。この世界が終われば、彼は自らの手で私を屠るという目標を果たすことなく永遠を生き続けることになるだろう。それを考えるだけで、心が躍った。
「負け犬の遠吠えか。貴様には、もう何も成せまい。あの男も、貴様の期待には沿えない。貴様は、この自身が作り上げた教会で……何も感じられず、見えない世界でもどかしさを抱きながらわしが来るのを待っているといい。あぁ、そうだ。決して眠れぬよう、毒も垂らしておいてやる――」
その言葉が聞こえたのを最後に、視界が黒く染まっていく。
「恐ろしい……なんと恐ろしい男でしょう」
なんという悪意だろう。私は、その時が訪れるまで何も出来ない苦痛を孤独に味わい続けることになる訳だ。
「――貴方っ!」
闇に完全に包み込まれる直前、聞き覚えのある女性の声と共に抱き着かれた。
「シギュン……どうして」
「もう離れ離れなんて嫌ですもの。今度は間に合って……良かった」
「実に愚かな女よ。闇と毒しかないというのに……まぁ、何でもいいが」
僅かに聞こえるヴォーダンの声。それに反応して、彼女はさらに私を強く抱きしめて力強く言った。
「いいえ、彼がおります――」




