握られた氷
―教会 ?―
鋭利な氷の刃が腕に刺さった瞬間、血がじわりじわりと溢れてくる。誰からのどんな攻撃にも血を流さなかったゴンザレスの体は、ゴンザレス自身の手によって傷を負った。
「なぁ? 分かったろ。俺だけじゃない。お前だって、お前自身を傷付けられる。これを首にでも刺せば、今頃俺はもっと血を流して倒れて……事切れただろう。だが、俺は、まだそんなつもりはない。証明したかっただけだからな。俺達だって、選択出来るということを」
さらには、それを引き抜いて真下に落とす。相当痛かったはずだ。けれども、表情一つ崩すことはなかった。
「そんな……俺は、聞いてないよ。そんなこと」
「そりゃ、聞かせる訳ねぇ。折角見つけ出した使徒に途中で死なれたら、最悪だろ。俺だって、途中で知ったことだからな」
「つまり……君は、俺に死ねと言っているの?」
「もう一つ選択肢は用意してある」
そう言うと、ゴンザレスは開かずの扉を指差した。遥か昔から存在し、世界と世界を繋げる役割を担う存在。決して壊れることもなく、腐敗することもなくその姿を保っている。それを使って、ゴンザレスは一体何をしようというのか。
「それは、何?」
「開かずの扉と呼ばれているものだ。こいつは、すげーぞ。色々と条件を満たした時だけだが、異世界に繋げてくれる。神はいらねぇ。使徒となった鳥族とペンダントがあれば、すぐに行ける」
「使徒となった鳥族……まさか、あの子が?」
リアムは驚愕の表情を浮かべて、未だ歌い続けている小鳥を見上げる。今の小鳥にそれを示す翼はないし、気付かなくても無理はない。
「あぁ。俺は、正確に言えば使徒じゃねぇ。ただ使徒の権利を同じように与えられた協力者。まぁ、もう使徒ってことでいい気がしてるがな。もしも、お前に戻る気があるのなら今がチャンスだ。そうでないのなら、ここで死んで貰う。何度でも言うが、俺はお前が嫌いだ。しかも、敵対する神の使徒。排除する以外に道はない。さぁ、決断の時だ。生きるか、死ぬか……どっちがいい?」
改めて、ゴンザレスは尋ねた。すると、儚げな笑みを浮かべながらリアムは跪いて、血に汚れた氷を手に取る。
「俺としては……今、幸せになれないなら……どうせ、戻っても悲しみしか待っていないのなら、死んでしまいたい。だけど、言われた。幻であったとしても、妹から言われたんだ。戻ってきて欲しいって。待ってるんだって。今じゃなくて、これから幸せになることを考えて欲しいって。そういえば、俺……妹を廃墟に放ったままだったなぁ。可哀相だよなぁ、そんなの。ダディとマミィの所に何とか持って行きたいな。家族の為に、俺は戻りたい」
彼の頬に涙が伝う。握られた氷は、溶け始めていた。
「そうか……なら、行けよ。今なら、その扉は開く。元の世界へと繋がっているから」
「うん。ごめんね。でも、待ってるからね。巽が、戻ってくるの。また一緒に……過ごしたいな」
震えながら彼は立ち上がり、ゆっくりと扉へと向かう。ゴンザレスも、小鳥に目を向けたかと思えばすぐに扉へと向かって、それを氷山へと立てかけた。そして、まるで番人のように隣に立って、目を瞑る。
「俺は……生きて君を待つから。しぶといのが、俺だから」
そう言った後、彼は一度大きく深呼吸をしてから取っ手に手をかけた。
「勝手に待ってろ。ばーか」
「俺は本気だよ。信じてない? まぁ、いいか。生きていれば、証明になるから。戻ってきたら、メール頂戴ね。パソコンのメールアドレス、変えずに待ってるから。じゃあ、元気でね。バイバイ――」
まるで、遊びの約束をする子供のように彼は言って手を振った。そんなに簡単なことではないはずなのに。そして、扉を開いて吸い込まれるように姿を消した。




