明けない夜はない
―リアム ? ?―
耳を澄ませなくても、微かに聞こえていた。ただ、それが歌であるとは思っていなかった。その僅かに聞こえた音に集中してみると――。
「〇◇●◎◆~♪」
確かに、それは歌声であった。聞き慣れぬ言語――恐らく、日本語で、理解することは難しい。しかし、何故だろう。心が温かくなった。その優しい声を聞いていると、自然と心が落ち着いた。
「音の雰囲気が、巽がたまに教えてくれた日本語に似ている。俺の勘違いでなければ……」
『不思議な歌声よね。何だか、力が湧いてくる』
「何とも神秘的な歌だろう。意味など分かるはずもないのに、何故こんな気持ちに……」
歌を聞いていると、家族に囲まれていた日々を思い出して仕方がなかった。戦争が激化する前の温かいあの頃を。
エリーとつまらない理由で喧嘩したこと。
マミィの作ってくれたケーキのこと。
ダディが絵を描く後ろ姿のこと。
家族で流れ星を見たこと。
家の周りには、綺麗な花が咲き乱れていたこと。
近所の人の結婚式を盛大にしたこと。
大きな野菜が出来て、皆で大喜びしたこと――。
その時その時は、特別意識したことはない。けれど、後から振り返れば――それが何よりも素晴らしい日常だったのだと理解する。理解しているからこそ、今のこの現実が受けとめきれなかった。
本当は知っている。この世界で、自分ではない自分が幸せになっている所で、それを見届けた所で、俺自身が失っているという現実は何も変わらないことくらい。だから、嘘に依存した。
「幸せでありたかった……でも、もう戻れないじゃないか。じゃあ、どうすれば良かったんだよ。俺は、不幸のままでいるしかなかったのか? 家族も友達もいない世界で……」
『お兄ちゃん、囚われないで』
涙を流しながら、エリーは優しく微笑んで言った。
『幸せだったことじゃなくて、これから幸せになることを考えてよ。過去にこだわってばかりでは、未来は掴めないわ。考えてみてよ。今まで、ずっと不幸のままだったことがある? いいえ、違うわ。巽さんと出会ったことで、お兄ちゃんは満たされていた。明けない夜はないのよ。ほら、見て』
エリーは振り返り、深い闇の向こうを指差す。促されるまま、その指の先を見ると無限に広がっていると思われた闇の中には小さな光があった。そこから、歌声も聞こえてきているようだった。
そして、その光を見て思い出した。俺がここにいる理由を。その冷たさと暗さの原因を。全ては、この俺のせいであると。
「いつから、そんなことを言うようになったのかな? 俺を励ましてくれているんだね。あぁ、エリー……俺の自慢の妹。こんな情けない兄でごめんね。エリーだけじゃないな、迷惑をかけたのは。ちゃんと謝らないと……いけないよね」
『うん』
「許しては貰えないかもしれないけど……行ってくるよ」
『ちゃんと見てるからね。お兄ちゃん――』
手を伸ばすと、その光は瞬く間に大きくなって俺の体を包み込んでいった。




