妹の願い
―リアム ? ?―
『――お兄ちゃん! お兄ちゃんってば!』
懐かしい呼び声に、俺は目を覚ます。
「ここは……? なんて、暗くて寒い場所だ。何故、俺はここにいるんだ……」
まどろむ意識の中で、自身の置かれた状況が分からず混乱する。
『あぁ、やっと起きた。相変わらず、寝坊助なんだから』
後ろからひょっこりと顔を覗かせた少女の顔、それはどこからどう見ても間違いなく妹のエリーだった。ぼんやりとした頭が晴れていく。先ほどの声も、エリーのものだろう。
この現象を説明することは出来ないけれど、何やら神秘に等しいものを感じられた。
「なんで……? エリーは、もう……」
『お兄ちゃんを一人残して、成仏なんて出来る訳ないじゃない。危なっかっしいし、放っておけないもの』
死ぬ間際の覇気のない表情とは違い、快活さを取り戻していた。
「あぁ……そんなにも健康そうなエリーを見たのは、いつぶりだろう? そういえば、もうずっとそんな姿は見ていなかったから……すっかり忘れてたよ」
二人で一緒におじさんの所で向かっていた時は、エリーは病に侵されて痩せ細って、年相応には見えなかった。そんな姿が最期まで続いて、その印象ばかりが俺の心の中に残っていた。
『私の話はいいのよ、お兄ちゃん。ねぇ、もうやめよう、こんなこと。帰ろうよ、私達の世界に。そこで、ずっと待っているの。お父さんもお母さんも。あの廃墟でずっと……待っているの。私の骨を守ってくれているの。私は約束したの、お兄ちゃんと必ず戻ってくるって。お兄ちゃんを、一人ぼっちにはしないって。ずっと届かなかった声が、やっと届いた。だから、お願いお兄ちゃん。一緒に帰ろうよ。こんなこと無意味だわ』
ふわり、と人とは思えぬ身のこなしで宙を舞って、俺の前に立つ。
「……帰る? 帰っても、誰もいないのに! だけど、この世界には全てがあるんだ!」
まだ、誰も死んでいない。まだ、幸せだった頃のまま。当たり前の普通の日常が壊される前。何者かによって壊されてしまう前に、俺の手で守りその形のままで終わらせたい。
それに、プラスアルファのものだってある。この世界の俺が幸せで終われるだけでなくて、異世界から来た俺も幸せで終われる。幸せを見届けながら、幸せであれる――そんな兄の思いを、実の妹に認めて貰えないのが悲しかった。
『お兄ちゃんのせいで、この世界の人達が巻き込まれちゃうの? そんなの……昔、私達がやられたことと一緒じゃない。大人達の独りよがりな欲求が、私達家族の幸福を壊したのに。同じことを、お兄ちゃんはするの? お兄ちゃんが、人の気持ちを考えるのが苦手なことは分かってる。だけど、直接何度も相手の気持ちを聞いたでしょう?』
「だけど……」
その指摘に、心がずきりと痛む。でも、俺はその為だけに全てを捨ててこの世界に来た。ここで、やめるなんて――今までのことを思い出すと、そう簡単には頷けなかった。
『私は、お兄ちゃんを信じてる。だって、私のお兄ちゃんだもん。ねぇ、ほら耳を澄ましてみて。優しくて温かくて……不思議な力が、背中を押してくれる。きっと、お兄ちゃんにも勇気をくれるわ』




