私も頑張る
―アリア モニカの家 夕方―
「――なんだか、寒くない?」
「何言ってるの? もう夏じゃない。しかも、家の中は蒸し暑いわよ。アリアさん、熱でもあるんじゃないの?」
夕食の準備をしながら、隣でレシピ本を眺める少女に違和感について問いかけた。
「う~ん、それはそうなんだけど……でも、そういう寒気じゃないんだよね……」
その妙な寒さを感じているのは私だけであるらしい。その時、玄関から音がした。モニカさんの帰宅した音だ。それに、子供達は素早く反応する。
「お母さん~!」
母親の帰りを何よりも待ち望んでいた少年は、おもちゃを投げ出して一目散に玄関へと向かう。
「どうしたのかな? いつになく帰りが早いけど……」
対照的に、少女は懐疑的だった。彼女の思いも分かる。モニカさんの帰りは、いつだって遅かった。帰ってこない日だってあるくらい。まだ僅かに日の光も感じられる時間に、彼女が家に帰ってくるなんて珍しいにも程があったから。
「仕事が早く終わったのかもしれないよ?」
「う~ん。そうだといいんだけど……」
「お母さん、お母さんってばぁ! ねぇ~、ねぇってば!」
そんな話をしていると、足音がこちらに近付いてきているのが聞こえた。しかし、何やら騒がしい。
「どうして、無視するの? 嫌いになったの? ねぇ、お母さん~」
寂しそうな少年の声、一体何があったというのだろう。ただ、甘えているという様子ではない。
「ここにいたのか、お前達」
構って欲しそうにまとわりつく少年を押しのけて、モニカさんが姿を見せる。そのせいで倒れてしまった彼には目もくれず、私へと迫った。冷たくて、恐ろしい剣幕だった。今まで見てきた、彼女とは全く違う。不気味だった。
「黒き化け物の居場所が分かった。恐らく、お前の追う相手だ。先ほど、目撃された。またとないチャンス、奴に関しては目撃証言がほぼないからな。行くなら、今だ。どうする?」
モニカさんが教えてくれたそれは、私とって長い間待ち望んでいたものだった。
「それが、本当なら……行きたいです」
「そうか、なら今すぐにでも共に――」
「いえ、私一人で行きます。場所さえ教えて下されば、問題ありませんから」
「何?」
私の言葉は予想外だったのか、彼女は目を見開いた。
「危険なのは、重々承知しています。けれど、これ以上貴方だけに任せる訳にはいかないと思って。それに、何かあったとしても……私には特別悲しむ者もおりません。黒い獣に関しては、私に任せて頂きたいのです。モニカさんには、守るべき者……子供達がおりますから」
「こど……も? うぅ……!」
「お母さんっ!」
モニカさんは、頭を押さえてうずくまる。それを心配して、すぐに少女が駆け寄った。
「大丈夫ですか、モニ――」
「気に、するな。何が起こって……いや、そんなことはいい。行くのなら、行け。場所は、アスガード村。後で、すぐに……追いつく。少し疲れた……眠らせて貰う……」
そして、彼女は目を瞑った。様子がおかしかったのは、疲労のせい――なのかもしれない。
「お母さん!? も~急に帰って来たと思ったら、床で寝るなんて」
困惑しながらも、ようやく彼女は安心した様子で笑顔を浮かべた。そして、見上げて私に問う。
「行くの? 危なそうな場所に……」
「うん、こう見えても私はやれば出来る子だから。いつも、お母さんにばかり任せていたしね。そろそろ、私も頑張るよ。モニカさんには、無理しないでって伝えておいてね。それじゃ」
アスガード村、噂には聞いている。身元が判明した化け物達の出身地が、そこであると。下手には動けないから、モニカさんの指示があるまで待っていた。ついに、この時が来たのだ。私は、必ず――真犯人を見つけ出してみせる。




