身を焦がして
―創造主 ? ?―
一人の青年から放たれる冷気は、閉鎖されている空間から僅かに染み出していた。それに気付けるのは、感覚の優れた者だけ。さらに、その意味が分かるのは彼女――シギュン、ただ一人だけだった。彼女は、その冷気を合図として行動を始めた。
(ロキの為に、ここまで尽くすとは。世界を壊さぬ限り、永遠に出れぬというのに。これが、愛というものなのだろうか?)
彼女は、ずっとリアムという青年の中に潜んでいた。ロキの熱心な信者であった彼を懐柔し、乗り物として牢獄へと渡った。それからは、他者に悟られぬように密かにロキの存在を探り続けていた。力で隠れる彼を見つけ出すのは、随分と苦労していたようだ。
それが、リアムに目を付けた彼が接近してきたことによって発見へと繋がった。そこに久々の再会らしき感動の瞬間はなかったが、彼の計画を聞いた彼女はそれに乗った。
「うぅぅ……」
彼女は、人っ子一人いない道の中央でしゃがみ込んで泣き真似を始める。この行動の意味は、私には分かっていた。
そんなことなど露知らず、そこに一人の女性が足早に姿を現す。彼女はモニカという名で、刑事という役割を担っている。正義感に身を焦がし、全てを捧げていた。愛する者達を蔑ろにしてでも。それが、是か非か私には判断しかねる。
モニカは、化け物事件の真相解明の為に一人で奔走していた。今日も、街で聞き込みを行っていた。物的証拠はほぼなく、次の段階へと進めず彼女は焦っているようだった。
「どうした、何かあったのか?」
ロキの思惑通り、モニカは彼女に声をかけた。彼女は顔を伏せ、芝居をしながら訴える。
「主人が……化け物に連れ去られて……私は……うううっ!」
それを聞いて、モニカの雰囲気は一気に張り詰めた。
「何?」
「よく分からないのです。どこからともなく黒い化け物が現れて、あちらの方へ……周囲に誰もおらず、足もすくんでしまって……」
彼女は、ロキの教会がある方向を見ずに指差した。
「あの村がある所か。しかも、黒い化け物……分かった。何もしっぽは掴めなかったが、今日あったなら何か見つけられるかもしれない。今すぐにでも行きたいが、放っていく訳にもいかないな。手を貸そう、立てるか?」
そう言うと、モニカは手を差し出す。すると、それを待っていたかのようにシギュンは素早く顔を上げた。
「ここなら誰もいない。何かあっても誰も気付かない。苦しいかもしれないけれど、あの人が待っているから許してね。貴方から手を差し出してくれてありがとう。私はまだ慣れないから、こうでもしないと乗っ取れないのよ――」
まくし立てるように言った後、モニカの腕を引っ張る。刹那、体が光り輝き始める。瞬く間に、彼女は小さな粒子となって、モニカの中に入っていく。
「な……!? ア゛ァァア゛ァァ!」
本来、一つの肉体には一つの魂しか入ることは許されない。二つ目が入ろうとするならば、肉体にかなりの負担が伴う。入られる方にも、入る方にも。
(さぁ、どう動く? どこまで……茶番をするつもりなんだ? もっと出来るはず、もっと私を――楽しませてくれ)




