神様はいない
―リアム ?―
巽の問いについて考えた時、忘れかけていた苦しい記憶を思い出した。
『お兄ちゃん……神様はどこにいるの?』
『エリー、神様はいつも見守って下さっているよ』
ダディで戦争で失って、マミーを病気で失って、俺達兄妹は二人っきりになった。国は混乱していて、誰かが助けてくれるような状況でもなかった。連絡が取れた親戚は、何度も迎えに来ようとしてくれた。けれど、その手段がなかった。命に関わる状況で、渡航が禁止されてしまっていたからだ。
救いもなく、環境も劣悪。食事もままならず、生きていくのに必死だった。周りも、皆同じだった。不幸過ぎて、それが当たり前だった。そんな中で、マミーと同じ病気であったエリーは確実に弱っていった。
『嘘よ、神様なんていない。神様が本当にいるなら、どうして私達はこんなに苦しいの? 怖いの? どんなに信じても、神様は何もしてくれなかった。ダディもマミーも死んじゃった。家もなくなっちゃった』
『エリー、そんなことを言っちゃいけないよ。だって、神様は皆を見てるから。一人で、沢山の人を見るのは大変だろう。俺達が、こうやって生きているのは神様の加護さ』
『嘘よ、私もう知ってるわ。私達の神様は、皆から嫌われてるってことくらい。私も嫌い。だから、信じない』
ある日の夜に廃墟で、息を潜めながらエリーと話した。エリーは、もう神様のことを信じていないと言い切った。俺には、妹の気持ちが分からなかった。神様を疑ったことなんてないし、俺を信じているものを妹であるエリーが信じないということが理解出来なかったから。
『駄目だよ。俺が信じてるんだから、エリーも信じなきゃ。今までもそうだっただろう』
その問いかけに対して、エリーからの返答はなかった。そのまま目を瞑り、壁にもたれかかって眠ってしまった。俺も疲れてしまったから、そのまま眠った。それが、最後の会話になるなんて思いもせず。
『エリー、朝だよ。ほら、そろそろ行かないと。歩いて、おじさんの所まで行くって二人で決めたじゃないか』
朝、胸騒ぎがして目を覚ました。普段だったら、俺よりも随分と早起きのエリーがまだ眠っていた。どれだけ呼びかけても起きないからと体に触れた時、全てを悟った。まるで、体が氷のように冷たかったから。
俺は泣いた。沢山泣いた。受けとめられなかった。家族も家も故郷までも失った現実を。どうすることも出来なくて、俺は妹を廃墟に置いていった。そして、親戚の国を目指して泣きながら歩き続けた。
どれだけ歩き続けたか分からない。涙がとまった時、気が付いたら俺はとてつもなく発展した街に出ていた。倒壊している建物ももない。行き倒れている人もいない。皆が幸せそうに笑っている。綺麗な服を着て、誰かと一緒に。
そこで、初めて知った。俺達の不幸は、俺達だけのものであったことを。ここにいる人達は、皆幸せで豊かなのだということを。




