敵は誰か
―教会 ?―
ロキさんの目を、老人が放った槍が貫いた。息を呑む間もないくらい一瞬の出来事だった。僕のような凡人の目には認識出来ないくらいのスピードで、彼らは動いていたから。
「これが神々の戦い……」
隣で、僕と同じように呆気に取られている小鳥がそう言葉を漏らす。
(僕らには認識すら出来ないというのか……これが、真に選ばれた者達。神を名乗るということは、こういうことなのか?)
人智では図りえない、圧倒的な戦いだった。悔しいけれど、これが現実だった。軽蔑してきた者達の凄まじさは、身に染みて感じた。
「――アハハハハハハハ!」
その時、狂気じみた笑い声が木霊した。そして、異変が起こる。
「……なんだ?」
地鳴りのような音が響いたかと思えば、上から落ちてきた破片が目の前に落ちた。それを手に取ると、まるで雪の結晶のように消えた。上を見ると、天井部分が崩れ始めているのが分かった。
「どうなっている?」
天井部分が崩れれば、普通は骨組みや空が見えるものだろう。しかし、そこから覗いているのは碧。空の青でもなければ、骨組みの何かでもない。これは、ロキさんの力によるものだと確信した。
「――そこの人間と鳥族よ」
次から次へと事が起こる。正面から声が聞こえ、視線を向けるとそこには禍々しい光を放つ老人が宙に浮いていた。先ほど、槍で素早くロキさんを追い詰めていた人、父上から出てきた得体の知れぬ人だ。
(もしかしたら、今度は僕らを? そんなことをしたら、小鳥や父上が……守らなければ)
あんな戦い方を見て、警戒しないはずがなかった。すると、それが伝わったのだろう。彼は言った。
「お前達が、わしの敵でないならば……この槍は、お前達を守ろう」
「それは、一体どういう――」
意味が分からず、僕は尋ねようとした。だが、それを遮るようにして彼は問うた。
「お前達の敵はなんだ?」
「敵?」
「あぁ、まずはそこの鳥族の娘が述べよ。簡潔にはっきりと」
その問いに反応した小鳥を、彼は指差す。彼女は戸惑ったものの、意を決した様子で口を開いた。
「巽様を傷付ける人、家族を傷付ける人です。絶対に許せません。私の主を、親愛なる人を傷付けることは」
真っ直ぐな瞳、僕がいるからと付け足した訳ではないようだった。
「ふむ。では、そこの人間の男。お前の敵はなんだ?」
「僕の敵は……」
ここで、言い方を間違えれば僕以外の者が危うい。けれど、嘘をつけば確実に見抜かれる自信があった。彼の雰囲気に気圧されて、演じる勇気もなかった。
けれども、言わないという選択肢はなかった。震える手を握り締めて、僕は口を開く。
「僕の邪魔をする人です。僕には、守るべきものがある。例えば、国、家族、家臣、民衆……それらを奪おうとするのなら、それは敵です」
僕を吟味するような視線、それに耐えながら彼を見据えた。そんな僕の答えが期待に沿えていたのか、彼は構えていた槍を下ろして言った。
「そうか……ならば、わしの敵ではないな。安心せよ、わしもお前達の敵ではない。わしは、この世界を守りたい。それで、お前達にはやって貰わぬことがある」
「え?」
「ロキは、このわしが完全に無力化した。それで、空間の大崩壊が始まった。実に厄介な小細工をしてくれる。この空間は、奴の力に完全に依存していた。それがなくなった今、このままでは、この空間におる者がまとめて空間の歪みへと流されるであろう」
「そんな……私達は一体どうすれば?」
「手を貸せ、この世界を守りたいのであればな。わしは余力を使い、ここでロキの力の流動をとめる。その隙に、ゴンザレスの元へ行け。奴を仕留め損ねている以上……ここからそう簡単には離れられぬ。必ずや、成し遂げよ。この謀略を葬る為に!」
「まっ……!?」
返事を待たずして、彼は僕らを遠くへと吹き飛ばした。




