全て終わった後
―クロエ 街 夜中―
(あぁ、終わった)
私はその悍ましいであろう光景を直視することを恐れて、思わず目を閉じた。
少しして聞こえた音は、同行人の彼の悲鳴でもなければ、巽君の咀嚼音でもない――ガチンと硬い何かにぶつかったようなものだった。
「え……?」
何が起こったのか確認する為、私は恐る恐る目を開けた。すると、目の前に広がっていたのは想像と大きくかけ離れた光景だった。
巽君は化け物の姿のまま横たわり、同行人は唾液にまみれてはいたものの、血や傷など目立った外傷は一切なく同じく地面に倒れていた。
「う、嘘……何これ」
この二人の様子を見るに、間違いなく巽君は彼を口に入れたのだ。口に入れ、恐らく噛もうとした。ガチンという音は、多分その時のものだろう。
ところが――それが原因で巽君は気絶し、今に至っている。確実なものは何も見てはいないが、そう考えるのが自然だ。
しかし、そこで浮かび上がるのは一つの謎。
「どうして、無傷なの……!?」
噛まれたのなら、血が出たりするのが普通だろう。歯型だってつくかもしれない。なのに、やや痛そうに顔を歪めて気絶する彼は唾液にまみれているだけ。
(まさか……何か魔術を!?)
でなければ、こんなことありえない。体に何かしらの魔術を施して体を石のようにしているから、先ほど彼は大丈夫だと余裕そうだったのだろうか。
(でも、石のようにする魔術なんて禁忌魔術の中には……)
混乱する頭を必死に回して考える。
(独自の物? それとも、発見されていないだけで昔からあったの?)
しかし、考えれば考えるほどよく分からなくなってくる。混乱した頭で何かを考えても、意味を成すことはない。
(どっちにしても……彼も監視対象者になる訳だ。ちゃんとこのことは報告しないと。だけど、まずは巽君をどうにか……)
私がごちゃごちゃとした思考の渦に浸っていた時――。
「え!?」
突然、大きな真っ黒なライオンの姿に成り果てていた巽君の体が徐々に萎み、体を覆っていた黒い毛が抜けていく。その毛は抜けた瞬間に溶けてなくなった。
そして、瞬く間に全ての毛が溶けて、やがて中からぐったりとした巽君が現れた。
「巽君!」
私は、思わず外で本来の名前を呼んでしまった。
「……あぁ」
巽君には、意識が辛うじてあるような状態だった。私が声をかけると、巽君はゆっくりと目を開けてこちらを見つめた。しかし、その目は焦点が定まっていなかった。
***
―街 夜中―
(僕は……ここは……あぁ、そうだ。僕は言うことを聞いてくれないリアムの気を引く為に……)
「しっかりして!」
目の前にいるのはクロエ。ぼんやりと霞んでいてはっきりとは見えないが、特徴的な真っ赤な髪とその声でそう推測した。これが夢や幻でもない限りは、間違いないだろう。
「リアムは……僕は……」
「大丈夫、大丈夫だから。帰ろう……家に。私が全部どうにかするから」
右手に温もりを感じた。それは、僕に安心を与えてくれた。その安心を感じながら、僕は夢に堕ちた。




