命令
―教会 ?―
二人を抱えて、僕は宙を飛ぶ。そして、中二階のようなものがあることに気付いて、そこへと身を隠した。二人とも、命に関わるような特別な外傷はない。息もあることから、意識を失っているだけなのだと僅かながらに安心出来た。
「父上! 小鳥!」
僕の呼びかけに対して、小鳥だけが反応を示した。
「んぅ……巽様?」
寝ぼけ眼で、彼女は僕を見つめる。
(良かった……いつもの小鳥だ)
ロキさんと一対一、何か良からぬことをされている可能性も否定は出来ない。僕と父上とここに移動してきた時、小鳥は虚ろな目であった。もしも、少しでも遅れていたら危険な状況だったと思う。
「よく頑張ったね。もう大丈夫。僕がいるから……ありがとう」
そう言って微笑みかけると、小鳥の目にはじわりじわりと涙が滲んだ。
「怖かったです……よく分からないけど、あの人の言っていることが全部正しいように聞こえてきて……専属使用人である私が、巽様をお守りしなければならないのに。ごめんなさい……」
その現象は、僕にも経験があった。奇妙で、不気味な力だ。純粋な青ではなく、混ざった碧であるはずなのに、その色はとても美しく映る。その中で呼びかける声が、妙に馴染んで落ち着く。経験や常識なんかよりもずっと、彼の言葉が正しく感じられる。
僕は、そこから誤った道を歩んだ。その道は底なし沼へと続いていて、後に戻ることは出来なかった。どれだけ足掻こうと、僕は沈み続けるだけ。何に掴まっても、結局は沈んでいく。時間稼ぎにしかならない。
そんなことになる前に、小鳥を救い出せたことは幸いだった。
「君は何も悪くない。謝る必要なんてないんだよ。彼から言われたことは、忘れるべきだ。それに囚われても、惑わされてもいけない。彼の言葉を信じるのは、危険だ。後から気付いても、引き返せなくなる。自分の使命と信念を忘れてはいけない。これは、命令だ」
あえて、強い口調で言った。彼女の為を思ったからこそだ。強制力のある言葉、命令ならば彼女もそれを遂行する。注意程度で留めてしまったら、ロキさんの考えに引き込まれてしまうかもしれない。
行き着く先が、僕と同じ場所であってはならない。彼女を罪人にする訳にはいかない。まだ、彼女は綺麗なままでいられる。この地獄から抜け出せる可能性を持っている。
「御意……」
小鳥は戸惑った様子であったものの、それを受け入れた。
「何を言われたか、どんな言葉を交わしたか……もう思い出してはいけない。ふと、脳裏によぎるようなことがあったとしても、それに打ち勝て。小鳥なら出来る。僕の……王の専属使用人である君ならね」
「はい……ふんっ!」
悲しげに力なく頷いたかと思えば、突然思いっきり自身の両頬を叩いた。多分、それは命令に従ったが故の行動。たった今、彼の言葉がよぎって、それを打ち消したのだろうと思う。
(どうにかしたい。けど、僕の力では……この体では……)
手すりの向こうに見える、ロキさんと父上から飛び出した妙な者。あまり良好な関係ではないらしい。禍々しい何者かが敵か味方かは判断しかねるが、委ねる他なかった。ここからでは、言葉は聞き取れそうにもない。ただ、ここから傍観し続けるしかなかった。




