誘う手
―ロキ 碧の空間 ?―
私が作り出すこの碧の空間では、おおよその者が私の言葉を鵜呑みにする。嘘も真実も、全て同じになる。その境目がなくなって、私の思考へと誘える。
力の消費が甚だしいので、滅多に使わないが。
(貴方に心がある限り、貴方がこの世界の者である限り勝ち目などないのです)
そして、私はぼんやりとしている少女に歩み寄りながら語りかける。
「貴方の心は、この碧のように美しい。けれども、一度は思ったことはあるでしょう? どうして、自分なのだろう。どうして、他人の為に人生を犠牲にしなければならないのだろうと。夢に見たことくらいはあるでしょう? 自由に生きる自分自身を」
私の声で、意識がはっきりしたのか慌てて周囲を見渡した。そして、色々と察した様子で私に視線を向けて力強く言った。
「そんなこと思ったことありません! 私は……今のままで満足しています。これ以外のことなんて……考えたこともありませんから!」
私には見えた。僅かな濁り、この碧のような混ざり気が。
「本当にそうでしょうか? 私には、今の貴方は満たされていないように見えます。本当はもっと……欲しいものがあるのでは? ねぇ?」
彼女の顔を覗き込み、揺さぶりをかける。
「思ってません! いい加減にして下さい。こんな空間に閉じ込めても、無駄ですから!」
こんな空間だからこそ、意味がある。私達以外に何もないから、ちょっとした変化がよく映える。この碧に。
「自分につく嘘はよくありませんよ。自分にだけは、正直であるべきです。たとえ、他者を虐げることになったとしても。だって、そうでしょう? 自分という存在を何よりも尊ばなければ、苦しむだけです。他者を思いやった所で、何一つ得られるものはない。今の貴方は……本当に幸せですか?」
「私は……私は……?」
彼女が、私に向けていた敵意が小さくなっていくのが分かる。彼女の気にかけている部分を突けたことで、ようやく私の言葉が染み入るようになったのだろう。
(あの輩――ヴォーダンの力の継承者と言えども、所詮は子供。こちらが少し努力すれば、なんてことはない。見誤りましたね、創造主様に選ばれない者の実力などたかが知れています)
「責任だの役割だの、勝手に背負わされた重荷でしょう? それに縛られているから、満たされないのです。解放されたいでしょう? 欲しいものを手に入れたいでしょう? それらを叶える方法、私は知っていますよ」
そして、彼女に手を差し伸べる。付け入る隙が生まれた今ならば、きっと私の手を取ると思ったから。
「それは、全て終わらせてしまうことです。継続だのなんだの、本来の貴方には関係のないこと。縛られ続けた貴方なら、その権利があります。さぁ、今こそ全てを――」
彼女の視線が、私の手に向けられたその時。突如として、爆発音と共に碧の空間が崩れて、下から現れた者達が少女を連れ去っていった。




