罪を譲れ
―教会 ?―
その言葉を最後に、十六夜は事切れた。何度見届けても、死というのは呆気ない。どんな悪人にも、平等に終わりを与えるのだから。
その死を生み出せたのは、父上の力あってこそ。僕だけでは、成せなかった。制御しきれない力を使っても、炎龍を作り出しても、僕の攻撃は見透かされていたのだから。
「流石です、父上っ……ぐはっ」
僕の因縁の相手を屠った父上を本当は立って迎え入れたかったけれど、抉れた腕の影響もあって思わず座り込んでしまう。
「無理をするな。その体では、傷が広がるだけだ。何故、あの時に私を喰わなかったのだ」
すると、父上はそう言って、十六夜の体から腕を引き抜く。その腕には、本来付着しているはずの血液がなかった。しかし、それを指摘するよりも言うべきことがあった。
「食べられるはずがありません! 父上を喰らうくらいなら、僕を喰います」
「私の為に、そこまでする必要はなかった。子供が親の為に傷付く姿を見るくらいなら……私が傷付く方が随分とマシだった。いつから、いつからだ……? いつから、そのような体になった?」
そして、足早に駆け寄ると僕の腕を取る。険しい表情を浮かべて、その血にまみれた腕を見続けていた。
あれを見られておいて、隠し通すことなど出来ない。それに、もうこのことに関して嘘を重ね続けることに疲れてしまった。だから、僕は素直に告げた。
「……僕の記憶に間違いなどがなければ、六歳の頃です。十六夜に術を施され、人の身ではなくなりました。それから十数年に渡って、十六夜が治療の名目で陰で僕の力を制御をしていました。しかし、十六夜の追放や逃亡、本性が露わになったことを追求したことで、僕自身で抑える他なくなりました。このことが明らかになれば、国や王家への不信に繋がると思うと……いえ、忌み嫌われることが怖かっただけなのかもしれません」
「そうか……そんなにも長い間、抱え込んでいたというのか。頼れる者が、綴しかいなかったのだな。今まで、綴しかこのことは知らなかったのか?」
あんな醜態を晒しても、父上の向ける目は変わらない。ずっと欺き続けていたのに、息子はもう人ではなく化け物になってしまったというのに。
「いいえ……ゴンザレスや、興津大臣など一部の者は知っています。ただ、それは知られてしまったと言うのが妥当かもしれません。僕から明かそうと思ったことは、一度ありません。こんな姿……本当は、誰にも……」
自然と体が震え始める。真実を明かすことが、こんなにも怖いとは思わなかった。ずっと、色々なものを犠牲にして守ってきた嘘だ。それを自ら壊すことに、虚しさも覚えた。全てが空虚で、泡沫となった。その儚さに、自然と涙が零れた。
「巽よ、よく勇気を出して言ってくれた。気に病むことはない」
「でも……でも! 僕は、この体になってから沢山人を殺めました。そして、人を喰らいました。自身の力不足です。どうして……そんな僕を受け入れてくれるのですか? 僕は、人の姿をしたただの……化け物なのに……」
「それが、私の決めたことだからだ。親、息子以前に、私が私だから、お前を受け入れる。ただ、それだけのこと。それに、その一端は私にある。ここで、お前を否定することは……私の責任を放棄することになる。そんなことは許せない。その罪は、私も背負う。だから――その罪を私にも譲れ」
そんな恐怖も、雑念も父上はその温かい手で全て拭った。
(あぁ、父上は僕を信じてくれている。それなのに、僕は……父上をずっと欺いていた。心のどこかで、父上を疑っていたんだ……)
情けないやら腹立たしいやら、でもそれ以上に嬉しくてたまらなかった。




