牙ト爪
―教会 ?―
十六夜は一切の攻撃をしない分、ただひたすらに逃げ続ける。僕の繰り出す攻撃のことごとくが、寸前でかわされる。当たると思ったら、もう消えている。完全に遊ばれていた。
「グゥウ……くソ!」
「単調かつ雑な攻撃で、何をしたいかはっきりと分かる。私を舐めてくれるなよ。幼少期の僅かな期間、私はそこの男と修行に明け暮れていたのだぞ。がっかり、あぁ、本当にがっかりだ。なぁ、お前もそう思うだろう?」
余裕の滲んだ表情で、父上に問いかける。それに対しての父上から返答はなかった。
「あぁ、また無視か。得意だよなぁ。黙ればいいと思っている。まぁ、構わないが。そこで、一人で絶望していればいい。息子が、息子でなくなっていく様を指を咥えて見ていればいい。息子もそれをお望みだ。その為の観覧席だろう? なぁ? ハハハハハハッ!」
僕が、父上の為に身を削って施した結界を嘲笑う。ついに、僕の攻撃すら見なくなった。それでも、ちょこまかちょこまかと動き回って、僕を錯乱させてくる。
「違ウ……」
この教会は未知数であるし、僕自身の力も制御し切れていない。あらゆる不測の事態に備えて、僕は守る為に結界を用意した。決して、僕の有り様を見せつける為に閉じ込めているのではない。
「違う? 何が違うのだろうな? このまま時間が経てば、いずれお前は流石に壊れてしまうだろう。それまでに、私を殺せるといいな?」
この発言で、僕は確信する。十六夜は、時間稼ぎをしているのだと。僕が戦っているのは、時間なのだと。十六夜が攻撃してこない理由は、出来ないからではない。攻撃は、体力ではなく魔力を消費する。
逃げることに自信があるのなら、攻撃にまで気を配る必要はない。いずれ、僕が勝手におかしくなってしまうのだから。そうなれば、対象は十六夜だけではなくなる。この場にいる人間、父上にだって向けられる。肉体的に言えば、父上の方が若い。欲に囚われかけている今なら分かる。本能が求めているのは、父上だと。
(思惑通リになんテ……サせない。父上は喰わなイっ!)
「小賢しイ! 消エろ! 炎龍!」
周囲を燃やしていた炎を搔き集めて一つにする。奴にとって、逃げやすくなってしまう可能性もあった。しかし、僕だけでは追いつけない。致し方なかった。そして、搔き集めた炎を、龍の姿に変えて十六夜を追わせる。
「なんとまぁ、血に飢えた龍だろうか。きっと、触れたらよく燃えるだろうなぁ。肉が上質に焼けるだろうなぁ。父親の肉なんて、最高に旨いだろうなぁ。なんせ、数十年も高級品しか食べていないし丁重に管理されてきているんだ。そこら辺のものよりも、ずぅっと……旨いだろうなぁ」
「ア……あ、ァ……」
十六夜の言葉に、僕の本能が凄まじく反応する。空腹を訴える虫が鳴き、肉の味を想像してよだれが口から溢れる。魔法の使用、継続した魔力の累積量が響いて意識が朦朧としてくる。
いい香りのする方へと体を向ける。ご馳走、ご馳走が守られている。僕の結界で。
「グルルルゥゥゥウッ……ア゛ア゛ア゛ァッ!」
勝手に体が動く。結界を解いて、思わず舌なめずりをする。
(我慢出来ない、けど守らなキャ。守る為ニは、喰わなキャ。ご馳走、ゴ馳走がアル。喰イタイ、喰イタイ、クイタイクイタイクイタイ――)
「ククク……残念ダッタなァ。颯、お前は息子の胃袋だ。食べられながら、嘆け! そして、絶望しろ! 息子の手で、その無力さに打ちひしがれろ!」
(ムリョク……むりょく? 父上……が?)
憂いに満ちた表情で、こちらを強く見つめる――父上の姿。僕の牙と爪が、その身を切り裂こうとする寸前に、全てを受け入れるように手を伸ばした。




