滅する
―教会 ?―
やっと声が届いた、やっと見て貰えた。父上の瞳に、光が戻った。嬉しくて、その分疲れて……父上にもたれかかってしまった。
(イイ匂イ……熟成された肉ノ匂いガすル)
においについては、考えないようにしてきたつもりだった。好きな匂いに囚われると、それで頭がいっぱいになってしまうから。
でも、ここまで力を引き出して、傷だらけだとそうするのも限界であった。このままだと、僕は父上に手をかけてしまう。
(父上ヲ喰ウのは駄目ダ。アァ、でも……)
口を開けていたら、よだれが滝のように流れ落ちてしまう。このままの体勢だと、僕は本当に意識が飛んでしまいそうだ。さらに追い打ちをかけるように、その食欲に乗ずるような衝動に襲われていた。
(このまま、絞メ潰したらキっト……あぁ! 駄目、駄目ダ! この気持ちヲ父上に向けてハイケない! だって、父上以外ニモいるじゃないか。ほら、生きてイテも邪魔ニしかならナイ者が……)
しばらくは息を潜めていた破壊衝動。何かをきっかけとして、再び増大し始めていた。心当たりは、屋敷で不気味な僕を呼ぶ声を聞いてからだ。
こうなってしまった以上は、どうにか収まるまでじっとするか発散する他ない。普段なら耐え忍ぶ所だが、今回はその衝動に従って滅茶苦茶に破壊して、骨までしゃぶり尽くしてやりたい相手がいる。
「喰ウ……」
僕の視線の先には、悔しそうに歯を食いしばる老人――改め、十六夜の姿があった。燃ゆる炎の中でも、この場に留まっているのは流石という所か。
「巽? 今、なんと……?」
「父上は、僕ガ守る……」
鉛のように重くなった体を奮い立たせ、自身の力で何とか立ち上がる。そして、これからの戦いで誤って父上を傷付けてしまわぬように結界を張る。
「結界!? やめろ、何をするつもりだ! ここから出せ。その状態で、消耗の激しい術を使うのは……」
「うるサいなァ!? グゥウウ……モう限界なんだヨォぉっ!」
空腹で気が触れてしまいそうで、破壊衝動でもはやこの場に留まっているのも拷問だった。当たり前のことが当たり前でなくなっていく。力を解放した以上、分かりきっていたことではあるけれど苦しかった。それを、父上に見られているということが。
「十六夜ッ!」
鋭く伸びた爪を、十六夜に向けて飛びかかる。その体を切り裂いて、愚かにもこの世界に留まり続ている悪人を追い出す為に。
だが、そう簡単にはいかない。腐っても、父上と切磋琢磨し合った仲。僕の爪が届くよりも前に、素早く身を翻して避ける。老人の身体能力ではない。見た目は、父上より遥かに年上であるのに。ロキさんの庇護下にある状態だから、だろうか。
「ふん、そのように獣に成り下がった攻撃が私に通じると思うなよ。計画は狂ったが、まぁ既に絶望与えられているだろう。お前のその姿を見てな。アハハハッ!」
不快な視線が、父上に向けられる。
「黙レ! 僕ヲ見ろっ! 誰ノせいだと思っテるんだよぉぉっ!? この体にシたのは、オ前だろぉおッ!?」
全ての始まりは、十六夜の狂気から。それも、このモノガタリでは茶番。けれど、その茶番を僕は許さない。知っているからこそ、思い出したからこそ、この茶番を終わらせる。手始めに、まずは執着に囚われたこの男から――。
「滅スル!」




