ほっぺはおもちゃじゃない
―颯 教会 ?―
「ダからァ……僕ヲ見ろって言ってるダロォォォッ!?」
獣のような叫び。それが、頭の中に響いた。
「父上……僕ハここにイル……ココニ……」
そして、肩の骨の砕ける音。激痛が走り、意識は覚醒する。
「たつ……う゛う!」
誰かの名をふと声に出しかけた。それと同時に、今度は頭痛に襲われる。上半身に集中する激痛に、私はただ混乱せざるを得なかった。
「何をしている、戦え! 全力で、命を賭して!」
そうだ、私は戦わなければ。それしか、私にはないから。戦うことにしか、価値がないから。この声だけが、私にとっての支え。この声が、全てを導いてくれる。
「チ゛チ゛ウ゛エ゛ェ゛ェ゛!」
風やら火の玉やらに気を取られている場合ではない。後ろで騒がしい何者かを殺さねば。そう命令されている。急いで振り返り、邪魔者の首に手刀を叩き込む。
しかし、その者は表情一つ変えなかった。そもそも、表情を持っているのかどうかすら分からなかった。顔中が毛に覆われ、そこにいたのは人間ではなかったから。人の形をした獣と呼ぶに相応しい生物だったから。
「ヤット、見テクレタ。コンナ姿デモ、僕ハ……僕ハ……貴方ノ息子……ダ。聞イテ、ヨ」
それだけ呟くと、愛おしそうに私の頬に両手を添える。
『わ~! 父上のほっぺ、ザラザラしてる~! アハハハ!』
その姿が、ふと脳裏によぎった何かに重なる。そして、また頭痛に襲われる。
「クッ! ア゛ぁぁ……!」
「おい、クリスティーナ! 様子がおかしい、さっきから私の声以外にも反応を示して、苦しんでいる。早く対応しろ。でなければ……」
「ウ゛ル゛サ゛イ゛邪魔スルナッ!」
荒々しく叫ぶと、慌てる老人に向かって乱雑に烈火の炎を撒き散らす。彼はそれを全てかわしたものの、その炎は他に乗り移って辺りを燃やしていく。バチバチと音を立て、瞬く間に飲み込んでいく。
すると、何故だろう。目の前にいる何かの正体について見えてきた。光が差して、闇を晴らしていく。暗がりで、何も見えなかった場所を照らしていくかのように。
「お、お前は……お前は……」
人ならざる者の正体、答えは私の中にあった。
『そんなに触るな。くすぐったい。私の髭は、おもちゃじゃないんだ。や、やめろ! 巽!』
遠いあの日、無垢な笑顔で、私の頬を撫で回す。守るべき、愛おしき息子。宝物のような日々、それを一瞬でもなくしてしまった自分が恥ずかしい。
どんなに姿形が変わろうとも、どれだけ成長しようとも、自身の息子を忘れるなどあってはならないこと。老いとは、なんと悲しいことか。利用されてしまった自分が情けない。
「巽……」
「アァ……ア……」
口角を上げて、牙を覗かせる。そして、その目に涙を溜めて……私に力なくもたれかかった。




