僕の体を動かす
―教会 ?―
こんな形で、父上と相まみえることになるなんて不本意だった。願うなら、もっと違う形で手合わせをしたかった。
「いっ!」
父上の拳が、僕の頬を掠める。魔力によって、増強された威力。剣で切り裂かれたのではないかと思うほどに痛む。だが、それに構っている暇はない。次から次に、僕を殺める為の攻撃が繰り出されているのだから。信じたくないけれど、今の父上は十六夜の操り人形だ。
(六十過ぎとは思えない身のこなし。老いは確実にあるはずなのに、ここまでの力があるなんて。これじゃあ、疲れを待っていたら、僕の方が先に動けなくなってしまうかもしれない)
傷が増えれば増えるほど、痛みを覚えれば覚えるほど、父上の実力の底知れなさに身が震えた。病気という爆弾を抱え、年齢というハンデがあるはずなのに。
「はぁ……はぁ……」
父上は、息を一切乱していない。それなのに、年齢的にも魔力的にも体力的にも余裕があるはずの僕は、体が悲鳴を上げていた。
(どうして、こんなに疲れるんだ? 学校終わりだから?)
原因を突きとめて、一刻も早く解決の道筋を見つけなければならない。体と頭を動かしながら、必死で考える。前例と経験から、一番適切な解答を導き出す為に。
(いや……違う。それが一番の原因じゃない。もっと単純だ。まだ、僕がしていないことがある。本来なら、既にやっていること。それが、何の用意もなく連れて来られたせいで……出来なかったことがあるじゃないか)
それは、生きている限り、必然的に求めてしまうもの。僕が乗り越えることが出来なかった、変えることが出来なかった生理的欲求の内の一つ、食欲だった。
食べなければ、栄養を取らなければ、力は得られない。それは、この体になってしまったことで余計に意味を増す。人間としての食事では、僕は満足に体を動かせなくなる。何も食べなければ――起こりうることは想像すら超えるだろう。
(時間が経てば経つほど悪化してしまう。ここで、動かなければ……ここで、乗り越えなければ父上を殺めてしまうかもしれない。勇気だ、度胸だ、覚悟だ。最善とは、最良ではない。最悪でもある。大事なのは、結果。やれ、やらなければ……何も変えられない!)
「――守って、逃げてばかり。その戦い方は、その男には通じない。遥か昔に、その男に並び立つ為の戦い方は教えたはずだが。一方的な戦いは、つまらない。場がしらける。用意された物を用意されたように使うということは、本当に苦痛だな」
「黙れ……お前は何もしてないくせに! 言われなくても分かってるんだよ、こっちは! 人よりも、ちょっと時間がかかるだけなんだよ! 行動に移すのにっ! あぁああぁああっ!」
苦しい、悲しい、辛い、怖い、痛い。その感情が、僕の奥底にあるどす黒いものを押し上げてくる。感情的になればなるほど、それは大きく膨れ上がる。
それが不思議と力となった。そして、勇気と覚悟となって、僕の体を動かした。




