繊細な戦い
―教会 ?―
突如として巻き起こったと思った爆風は、父上の移動速度に感覚が追い付かなかった為に錯覚したのだと悟る。
父上は僕の首を鷲掴みにし、その勢いに乗って壁へと突進する。このままだと、僕は叩きつけられる。
「ち、父上……何を……!」
締め付けが強くて、まともに息すら出来ない。そんな中で、何とか父上を呼びかけることが出来た。冗談であって欲しい。あるいは、十六夜を油断させる為の作戦。敵を騙すには味方からという言葉があるように、利用されているフリをしているだけだと。
しかし、父上の表情はそんな物を抱えているようには見えなかった。むしろ、何もない。仮面をつけているのではないかと思うくらいの無表情で、ただ壁に向かっていく。
「お前が、何を言っても届くことはない! 何故ならば、その男の記憶はねつ造されているからな! 苦しみや辛さ、それらをねつ造してやったら……何も残らなかったぞ、その男にはな! 今のその男は、空っぽだ。フフフ……ハハハハハハ!」
(駄目だ、このままじゃ叩きつけられる。とりあえず、離れないと!)
「くっ……すみません、父上っ!」
もし、このまま壁に叩きつけられて打ち所が悪かったら――死の反動が、僕ではなく父上に降りかかるかもしれない。僕が死ぬだけで済むのなら、身を委ねても良かったかもしれない。
けれど、それは夢物語。災いは、僕には降りかからない。その最悪の事態を回避する為、僕は小さな爆発を起こして父上を振りほどく。
「はぁ……はぁ」
ようやく十分な呼吸が出来るようになった解放感と、事態の恐ろしさに鼓動が大きく激しくなっていく。
(どうして、こんなことに……)
爆発によって吹き飛ばされた父上は、既に態勢を整えて虚ろな目で僕を見据えていた。
「私の言葉だけが、この男を動かす! 私の思うがままになることが生きがいになるように、ねつ造してやったからな」
「さっきから、ねつ造ねつ造って……何なんだよ! 父上が、こんな風になってしまったのはお前のせいなのか!? 十六夜っ!」
「いやいや、私のせいではないよ。私は用意された物で、歓迎しているだけのこと。詳しいことは知らん。興味もない。私は、ただ……この男を不幸至らしめることが出来れば、他のことなんてどうでもいいからな! さあ、やれ!」
問い返す間もなく、それを合図にして父上が飛びかかってくる。
「父上っ! 僕です、巽です!」
無慈悲にも、容赦なく父上の強大な魔力が込められた拳が何度も振り下ろされる。
「父上! 貴方は、十六夜に利用されるような男ではないはずです! 目を覚まして……覚まして下さいっ!」
実力や経験は、どんな状態であっても父上には劣る。それを、今この瞬間もひしひしと感じていた。容赦なく間髪入れずに振り落とされる拳を、受けとめたり受け流したりで精一杯だ。
その中で、何度も何度も呼びかける。しかし、反応は一切見られなかった。
(どうすれば……僕の声は届く!? 反撃の余裕もない。下手に大きな攻撃をすれば、父上が危険だ。僕が、重い一撃を食らってしまったら……それが命に関わるようなことだったら……!)
どちらかに偏ることすら許されない。非常に繊細で、厄介な戦いが始まった。




