風の正体
―教会 ?―
ようやく揺れが収まり、魔力を抑えていたものも外れた。あの場で、魔法やら何やらを使われるのは相当にまずかったらしい。
(用意周到だな。当然か)
状況を確認する為に、恐る恐る目を開けてみると景色は一変していた。
「な……!?」
祭壇や像、座席などは綺麗さっぱり消えていて、そのままだったのは床や壁だけだった。先ほどまで、絵の描かれた窓から差し込んでいた光はない。頼りに出来そうなのは、薄暗く照らす電気だけだった。
ロキさんや、ゴンザレスも小鳥の姿も見当たらない。しかし、天井の遥か上からは僅かに気配が零れてきていた。
(どうなっているんだ? この教会の仕組みは)
「フハハハハ……!」
僕が混乱していると、しわがれた笑い声がどこからか響く。それは、まるで僕を嘲笑っているかのようだった。気配もなければ、姿も見当たらない。何も感じない。
「どこにいるっ!?」
「そんなことも分からないのか? フフフ、見事だ。こちらから見れば、滑稽でしかないが……これもまた、研究の成果とも言えるか。愉快だな。まぁ、こんな戯れは良い。私は、こちらだ。巽よ」
声が急激に接近し、背後から耳元で聞こえた。急いで振り返ったが、そこに人の姿はない。透明人間を相手にしているかのような感じで、気味が悪い。でも、確かにそこにいるのだ。この教会の――。
(どこまで、僕を馬鹿にすれば気が済むんだ……!)
「見えない……見えないっ! こちらだと言ったのだから、姿はいい加減見せろ。神父! いい加減にしないと、手当たり次第に爆破するぞ!」
「おい、クリスティーナ! 早く解除しろ!」
「クリスティーナ? 解除……それは、どういう……?」
すると、甲高い機械音が一度響いた。僕は、その時に瞬きをした。その数秒ともない僅かな間に、目の前には神父が立っていた。ようやく、気配を感じられるようになった。
「目新しい物を使った結果が、この様か。まぁ、いい。それにしても、だ。一国の王であるお前が、こんなにもあっさり引っかかるとはな。そんな姿を見たら、前国王……兄が泣くぞ」
しわが刻まれた頬がぐしゃりと歪む。姿こそ違えど、僕には分かった。目の前にいるのは、神父ではない。十六夜 綴であると。
「ここまで言わないと、気付けないのか? さっきから、私が明かさねば答えに辿り着けていないではないか。あぁ、嘆かわしい。王の質もすっかりと落ちたものだ。私という巨悪が去ったと思い込み、油断していたのではないか?」
「じゃあ、父上の予想は……」
十六夜は、そう簡単には死なない。きっと、どこかで息を潜めている――その最悪の想定は当たってしまった。
「そうか、そこまで考えがついていたのか。大したものだ」
「なんで……どうやって!?」
父上の鋭さに畏敬の念を抱く一方、自身の不甲斐なさに腹立たしさを覚えていた。
「あの日、私の肉体は確かに部下であった興津 若菜によって完全に消滅した。しかし、魂は咄嗟に巽の中に入り込めたことで、私としての形は失わずに済んだんだよ。お前が
どこまでも鈍い男で本当に良かった。お陰で、私は今こうしてこの場に立っている!」
勝ち誇ったような表情で、奴は笑った。それが癪に障った。許せなかった。手が出てしまったのは、ほとんど衝動だった。
「変わらないなぁ、お前は」
そんな僕の動きに対しても、その薄ら笑いはそのままに余裕の表情であった。そして、今まさに僕の拳が顔に届こうとした時、爆風が僕をさらった。
(この風は……! このにおいは、この気配は……)
目にもとまらぬ速さで体が運ばれていく。突然のことで、十六夜に足元をすくわれてしまったのだと思ったが、徐々に気付いた。
「――父、上?」




