不用心
―アスガード村 夕方―
歪みが消えて、視界が徐々に鮮明になっていく。
(あぁ、やっぱり……)
目の前に構える夕影に映えた教会。今まで以上に、不気味でただならぬ雰囲気を醸し出していた。それに、ここから漂うロキさんの力もいつもとは違う。
(ここに父上が? でも、そんなにおいや気配はない。それを感じさせないようにしているのか?)
「ここであってんな? アスガード村にある教会ってのは」
「あってるけど……随分と使いこなしたもんだな。数人を行ったことのない場所に連れて来れるなんて」
瞬間移動は、体に相当な負担を与える。体の動きに対して、呼吸が間に合わないからだ。魔力でいくらでも、移動速度は上げられる。しかし、心拍数は上げられない。年数をかけて鍛えるか、慣れるか、異常な心臓を手に入れる他ない。
「志は高いもんでね。一つの技はとことん極めたいもんなんだよ」
「この世界に、何個技があると思ってるんだよ。そんなことをやってると、いずれ体が壊れるよ」
「ご心配どうも。だが、問題ねぇ。俺の体を壊せるのは、俺の壊したいという意思だけだ」
「はぁ……?」
「異世界から来たんだ。それくらいのハンデはあるんだよ」
ゴンザレスの何かを誤魔化すような物言いは、僕に不快感を与えた。無理矢理、僕をこんな場所に連れてきたのだ。言うのなら、はっきりと伝えるのが筋だと思った。
「さてと、あんまり長話をしてる暇はねぇ。なんつたって、一日でさくっと解決しねぇと国が大荒れになっちまうからな。おっしゃ、行くぜ」
そんな僕の様子で察したのか、面倒なことになる前にとゴンザレスはドアに向かって歩き出す。
「わわわ……不用心ですよ、ゴンザレス様っ! ど、どうしましょう」
そそくさと歩く彼を見て、小鳥は慌てふためく。彼についていくべきか、僕と共にいるべきか迷っているのだろう。
「ついて行こう。ああだこうだ言っても、ゴンザレスは聞かないだろうからね。今、何言っても無駄だろう」
話す気がないというのなら、今この場で追及しても仕方がないだろう。ここでの面倒が片付いたら、まとめて全て聞くとしよう。絶対に。
あの不自然に破れた手紙も、ふんわりとした言動も、ここでのことを解決すれば明らかになるだろうか。いや、してみせる。ゴンザレスだけがすっきりとしたままで、帰らせたりはしない。
「はいっ!」
安心したのか、彼女は弾けるような笑顔を浮かべた。
(やっと笑ったな……ずっと張り詰めた表情だったから、心配だったんだ。成長したとはいえ、彼女はまだ子供なんだ。まったく、なんでゴンザレスは連れて来たんだろう?)
「今、言うことじゃないかもしれないが……大人っぽくなったね」
「え、えっ!? あ、えっと……行きましょう!」
彼女は顔を真っ赤にして、足早に教会へと向かっていく。
(世間話でもして、もう少し気を楽にして貰おうと思ったんだけどな……逆効果だったみたいだな。怒らせちゃったかな。こんな状況だしな……)
気遣いも、空回りすれば余計なお節介だ。彼女も年頃だし、時と場合を考えた接し方を大事にしなければならない。
(後で謝っておこう……)
そして、僕も彼女に続いて教会内へと向かった。




